大津波では救いがたい

思考の総括と分解

初音ミクとP-MODEL(カバーを二つ作りました)

どうもお久しぶりです、航路通です。

聞いた話によると友人の父親がこのブログのウケた記事(『ララランド』のやつ)をたまたま読んでおり、友人に向かって「お前もこういうのを書いたらどうだ」と言ってきたらしいです。そんな数奇なこともあるんですね。そして僕ならそんな父親は嫌だ。

すっかり忙しくなってブログを書けておりませんでした。長い文章を連続して書いていたので少しハードルを上げてしまったようですね。また思いついたら書きたいと思いますが、というわけで今日は短い記事というか告知です。

 

実は"Paraglass"というバンド(というかユニット?)をやっておりまして、一曲録音ができたのでお知らせしておきます。

P-MODELの"Zebra"のカバーです。打ち込み、歌、ギター、ベースなど…まあ大半僕ですね。ちょっとハリキッテ歌いすぎたので恥ずかしい出来となっておりますが、まあこのようなものかと納得しております。

soundcloud.com

 

P-MODEL - Zebra (One Pattern) - YouTube (原曲です)

打ち込み自体はここ一年から半年ほどやっておりますが、歌など入れて作ったのは初めてです。音量バランスなどごちゃっとしてしまいました。

個人的には、普段音楽を聴くときのように作業の合間や通勤の際に聞くような音楽が作れたらと思うのですが、その意味では"Zebra"は暑苦しいのでちょっと疲れるかもしれませんね。しかし、出来としてはそれなりにうまくできたという感じです。

感想など、ツイッターでお待ちしております。

 

 

あともう一曲あります。これはバンドとは関係ないのですが(Paraglass名義で上げてしまいましたが)、初音ミクをひょんなことから入手しまして、打ち込みの練習としてクラフトワークのカバーを作りました。

soundcloud.com

Kraftwerk - Dentaku - クラフトワーク - 電卓 - YouTube (原曲です)

こっちはサラッと聴けるんじゃないかなと思いますね。まさにこれがテクノだという出来…になってます。ボーカロイドは長く聞いていなかったのですが、やはり使うだけで一定の説得力がでますね。まだやや扱いづらさはありますが、声は可愛いと思いますし、あと今は色々な声がデフォルトで出せるようになっているんですね。この曲もいろいろな声色を使ってみました。

よく昔は初音ミクを人のように扱って「調教」とか「マスター」とか「プロデューサー」とかなんとか言っていたものです。しかし僕の場合は初音ミクを複数人使ってコーラスを厚くする方が好きなようですから、気分的には「たった一人のかけがえのないパートナー」ではなくて「サーカスの団長」のような感じでした。ミクちゃん、クールですね。

 

もちろん一日に両方作ったわけではないのですが、たまたまこの二曲が同日に完成したので、ゼブラとデンタクを同時にアップロードすることになってしまいました。両方聴いていただいた方、ありがとうございます。耳が疲れたと思います。

気分的にはこんな感じです。

 

 

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検索したら結構あるもんですね。縞馬柄の電卓。

 

今度はオリジナルをアップロードできればいいな。

さようなら。

 

平沢進の実体化する他者/「眠り」【後半】

前回の記事では初期~『パースペクティブ』までのP-MODELの歌詞から、平沢進の他者のテーマの変遷をみた。

そこではつねに、直接的な他者とのコミュニケーションが求められ、一方でそれが叶わないことが強調されてきたのだった。

 

searoute.hatenablog.com

 

平沢進の病

軽くまとめよう。

まず初期P-MODELにおいて、他者との関係を遮断するものは、まさにそれをとりもつ具体的なメディア=社会だった。だからこそ、そのメディアを批判するパンクなスタイルが選択されていたわけだ。これは他のニューウェーブ系のバンドとも通じている。

 

ところが、『ポプリ』以降中期においてはそのテーマは深く抽象化し、メディアの批判よりもむしろ孤独な主体に注目がうつっていく。表現方法も、わかりやすいパンクからより入り組んだアヴァンギャルドな方面へ舵を切る。

ここではもはや、言葉さえが懐疑の対象になり、他者へ通じる道はすべて閉鎖されてしまう。言葉もまた、結局間接的なものであり、個人的な解釈である以上、直接的な他者へは通じていないからだ。

その「言葉」にはおそらく歌詞も含まれる。中期のP-MODELの歌詞は初期のように寓意的ではなく、語感が重視されたメタファーで埋め尽くされており、明確な意味を伝達しない。

 

何を歌っても結局他者には伝わらない。中期P-MODELにおける平沢進の言葉は、もはや何の他者も現実もとらえず、完全に孤独な内面性へと落ちこんでいく。

直接的な他者とのコミュニケーションを突き詰めることにより、平沢進は完全な孤独に行き当たる。いわば平沢進はここでコミュニケーション不全という病に陥ったのだ。

平沢進の回復〜眠り

平沢進は以下『アナザー・ゲーム』と『スキューバ』において、さらに初期ソロまでの間で、その病の自己セラピーに集中していくことになる。今回はそちらに注目しよう。記事の前編が平沢進の羅患の過程だとすれば、後編はその回復に関する経緯である。そしてその回復とは、「眠り」あるいは無意識へと注目することによってなされるのだ。

 

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中期P-MODEL(中編)〜カウンセリング

P-MODELの五枚目のアルバムである『アナザー・ゲーム』(1984)は、初期からの平沢進の片腕的存在であった田中靖美(Key)の脱退後に制作された。これをもってオリジナルメンバーは平沢と田井中貞利(Dr)のみとなった。

田中は作詞作曲をこなし、またバンドのコンセプトに関しても平沢とほぼ同じ感覚をもっていた人物であり、平沢進が未だなお「自らと同じ方向性の持ち主」として称揚する人物である。田中の脱退は平沢にとって非常な痛手であっただろう。実際、この5thは作詞作曲共に平沢のみとなり、ますます「ワンマン・バンド」となった。

それゆえか、『アナザー・ゲーム』と、実質平沢のソロであったカセットブック『スキューバ』(1984)は、非常に平沢進私小説のような感触が強い。まさにここで、平沢進は自己セラピーを試みるのである。

スーパーマーケット・シンポジウム

濁り景色体内につのる

ロンリネスの急所広場の末路に

その濁り水吐き出す外はない

 

めまいが解いたこの身のエレメント

オートマチックにこなせるか

広場の末路に言うだけ言うが

私はechoes

 5thより“Echoes”だ。これは4thまでの内向化し、孤独へと向かった歌詞を自己批評しているようにも取れる(「ロンリネスの急所」や「吐き出す外はない」)。『アナザー・ゲーム』は、これまでの二作を自らまとめるようなコンセプトを感じるアルバムである。『パースペクティヴ』のような雑然とした音に比べるとスマートにまとまっており、現在にまで通じる作風がここで一旦の完成を見ている(ストリングス+平沢進の歌唱+変則的なリズム+アヴァンギャルドなギター)。

このアルバムの中で最も「私小説」的なのは、次の曲の歌詞だろう。

空振る覚悟その数知れず/元の夢今も変わらず
重ね重ねた鉄の因果に/変わらず今だぼくら気絶のまま

Goes On Ghost

Let's Go

空振る言葉その数知れず/元の夢今も変わらず
鉄の因果の川底に住んで/死にきれぬキミにたとえなどなくて

Goes On Ghost 

Let's Go

 

“Goes On Ghost”における「キミ」は平沢進本人を指しているようにも見える。平沢進はしばしば自らを幽霊とか(例えば「Ghost Web」)「モンスター」といった異形として例示するのだが、それもここで現れているといってよいかもしれない。「空振る言葉その数知れず」なども、もはや寓意的に言葉を伝えられない中期P-MODELを自虐しているようだ。

しかしこのアルバムで最も重要なのは実は歌詞ではなく、むしろ手法としてのカウンセリングである。このアルバムの一曲目は“ANOTHER GAME Step1”と名付けられた3分ほどの「語り」であり(「楽な姿勢で座り、目を閉じてください。私がこれから三つ数えると、あなたはリラックスします」から始まる)、これはカウンセラーの催眠療法を真似たものであるし、最後の曲“AWAKING SLEEP~αclick”はリラックス効果がある脳波(アルファー波)を誘発すると言われる一定の音階を用いて作られている。当然だがここで平沢進患者である。

ややカルトだが、つまりこのアルバムにおいては心理学方面からのアプローチであり、「癒し」がテーマになっている。

 

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このインタビューを見てみると、平沢進がその手法について自己解説している。

着目すべきは最後の部分である。「人の意識っていうのはちょうど海に浮かぶ島みたいなもので水面−表面では個人と個人がいるけれど、水面下の部分は最後は海底で繋がってるでしょ。たとえばテレパシーとかシンクロニシティの説明も、その辺でしようと思えばできるわけですよ」。

個人的にはほとんどオカルトだと思うが、これは明らかにユングの心理学(「集合的無意識」)だ。平沢進にとっての催眠療法は、自らの意識が他者と繋がっていることを確かめるためのものなのである。リスナーの間ではある程度常識的だとは思うが、ここで初めて平沢進の中に、「眠り」であり「無意識」のモチーフが立ち現れる。

この眠りのモチーフが全面的に用いられているのが、次の『スキューバ』における歌詞なのである。

鳥になり/獣になり/ボクのままでキミになる

おやすみ/これすなわち/こんにちは

Rem Sleep

「ボクのままでキミになる」。“Rem Sleep”は上のユング趣味を端的に表している。つまり、いままでの言葉=意識では他者に到達しえず、あれほどに孤独を強調していた平沢が、無意識を介することで今度はいとも簡単に他者にアクセスする。それが、おやすみ=こんにちは(=“オハヨウ”)なのである。

仲深まる程に消える口数
夢の合図と秘密で息をつく
あと幾つの現を思いながら
溶けた海の底でキミに会えるか


出会いの場所はそも このフローズン・ビーチ
キミに驚異と敬意で考える
明日からの出来事の前触れに
古代の涙一つも流させて

“Frozen Beach”では、先ほどのインタビューでもあったように、この意識と無意識が海のメタファーによって語られる。「仲深まるほどに消える口数」と「溶けた海の底」は、“美術館であった人だろ”における「街」と「夢」にパラレルである。言葉では他者は捉えられないが、無意識では他者と出会うことができる。なぜなら無意識の次元において、ボク=キミだからだ。

朝が来る前に/消えた星までの地図を

キミへの歌に変え/地の果ての民に預けた

船よ急げよ/西はまだ無窮のさなか

眠りから見晴らせば/宇宙は/キミを夢見て


ボクらの間に/変らないものを数え

約束にくらみ/いくつもの橋を渡った

あの日から消えた/星が今川面に映る

水かさよ増せ/溢れ/キミへとボクを埋めて

いつか陽を仰いで/消えた星が見えた日は

地の果てに預けたあの/地図の歌を歌おう

”ボクはキミだから”と ”ボクはキミだから”と…

少し先んじて平沢のソロ1st『時空の水』(1989)から、“金星”の引用を載せておこう。ソロに至ると平沢は実にファンタジックで広大な世界観を打ち出すようになるので、より世界観は拡大している。

ここでの「ボクはキミだから」という言葉を持って、平沢は初期からソロに至るテーマの完成をみる。平沢の歌詞におけるテーマは、少なくとも抽象的なレベルでは、ここから今に至るまでほとんど変わっていない。他者(「キミ」)との無意識かつ直接的なコミュニケーション。この神秘主義的なテーマが、のちにいかなるモチーフに応用されたかは後述する。

さて、『スキューバ』に戻ろう。引用しないが、他の『スキューバ』における歌詞もまた、ほとんどがこの無意識=海底=他者との出会いという図式で書かれており、いわば無意識へと潜って(「スキューバ・ダイビング」して)行く物語である。外の世界に他者を探すのではなく、内省を重ねたすえに、自己のうちにこそ、平沢は他者を見つけるのだ。

 

たとえば“Boat”の歌詞においては、島と島(個人と個人)の間を取り持とうとする言葉をボートに見立てている。ボートは“おみやげ”を持って他者のところへ行くのだが、その度に不和と争いが起き、ボートは沈みそうになる。ここで平沢進は言葉=意識で何かを伝えることの難しさを歌っているのだ(結局のところこののち平沢はそれを放棄している)。

平沢はのちに(『スキューバ リサイクル』、1995年)こう書いている。「不純物の多い私の想像力に比べて、無意識はいつでも天才です。」『スキューバ』において、P-MODELは今まで封印していたポップ・ソングのスタイルを取り入れ、ひねくれたセンスはそのままに素直な歌ものテクノ・ポップへと変化を遂げる。モノクロの世界から極彩色の世界への飛翔は、平沢進の開き直りとも言える回復にも関わっていると言えるだろう。

中期P-MODEL(後半)〜応用、実践

平沢進の音楽スタイルと歌詞のスタイルは『アナザー・ゲーム』と『スキューバ』で完成している。6th『カルカドル』(1985)と7th『ワン・パターン』(1986)はその応用編と言えるものだ。

音楽面では、ポップでありながらも、ひねくれたスケール感とリズムパターンによって実験的な感触を残した無国籍テクノとでも言える内容になっている。6thにおいては横川理彦、7thにおいては中野照夫と高橋芳一がそれぞれ独特の色を与えている。

特記事項として、『カルカドル』のいくつかの楽曲において平沢はもはや意味のある歌詞を書くこと自体をやめている。彼は夢日記の内容をそのまま反映した歌詞、また歩いている時に思いついたメロディなどを用い(“サイボーグ”)、作詞や作曲のレベルにおいても「無意識」を実践しているのがわかる。

たって見ぬ窓にカルカドル/かつて見ぬ部屋にカルカド

たって/かつて

 

ランダム/ランダム

壁に現れてはまた消える

面影は/数えきれず

デジャヴ/デジャヴ

なぜか鏡みるように懐かし

どこかで/声

おかえりなさい

 “Karkador”。この歌詞では、もはや「カルカドル」がなんなのかもよくわからない。ただ、「デジャヴ」や「鏡みるように懐かし」、「おかえりなさい」など、「既視感」が強調されているだけだ。他にもいくつかの歌詞があるが、『パースペクティヴ』以上に意味を読み取るのが難しい、隠喩だらけの抽象的内容となっている。しかしその抽象度は、かつてのように重苦しい何かの表象ではなく、さっぱりとした無意味な言葉遊びなのだ。

メタファーの成長

さて、しかし個人的に面白いと思うのは、このころから平沢進の中で「眠り」や「夢」といったメタファーが徐々に成長していくことである。例えば、

鉄の壁から呼ぶ声/ドアの開けざまにママはりたおせ

胸の晴れ間で鳴る声/ドアの開けざまにママはりたおせ

夜は隠れ家で/石の輪を描く

つて持つ手おろして/晴れて眠る

 

バス待つ列で耳うつ/ドアの開けざまにママはりたおせ

机にふせた寝耳に/ドアの開けざまにママはりたおせ

昼は籠の中/明日の絵を描く

筆を持つ手重く/晴れた目には

 

起きぬけに聞く呼び声/ドアの開けざまにママはりたおせ

胸の雲間に鳴る声/ドアの開けざまにママはりたおせ

朝は夢のあと/息の輪を吐く

慣れた道も遠く/晴れた日には

 

『ワン・パターン』における“Oh! Mama”は母性による支配もしくは母性への依存に対する批判をシニカルに描いた歌詞であると思うが、ここでは夜、昼、朝が対置関係にある。夜は「隠れ家」、昼は「籠の中」、朝は「夢のあと」であり、ここでは夜=夢の中は一種のユートピア、昼=籠の中は一種のディストピアとして、実に明快な二項対立になっている(この極端な二世界は常に平沢進の歌詞に現れ続ける)。

ここで平沢の「眠り」は実に多義的な言葉に成長しているのである。 ここから平沢進の歌詞を見れば、色々と面白いはずである。

 実体化する他者/「眠り」

さて、ここまで平沢進の「他者」のテーマと、それを解決するための「眠り」のメタファーについて取り上げてきた。しかしこの記事のタイトルは「実体化する他者」である。

眠りの世界の他者は本来的にはひどく観念的で神秘的なものだ。それゆえ実体化することはないはずである…ところが、平沢進の他者は実体化しているのではないかと僕は考えている。それは90年代後半のP-MODEL、いわゆる改訂P-MODELの歌詞を見ると明らかに思える。

幻が教える場所/深い眠りの力で

この響きの理由にも/確かな事だけ感じるね

一つの望みが/全てを照らして


波間に見える更に深くへ/彼の地を目指し進めよ進め

ここへおいでよ/キミのこの地へ/降り立つ日々は約束しよう

夢見る力覚えあるなら/誘う鐘におやすみ眠れ

『舟』(1995)から“夢見る力に”だ。これも「眠り」や「夢」に関しては今までの手法でごく簡単に理解できるはずだ(歌詞全体を参照すればわかるが、この歌詞において、またしても「街」と「夢」の対立が現れる)。

が、この曲に関してはそれとは別の事情がある。

この時期からP-MODEL平沢進)はいち早くコンピュータを通じたインターネットにおけるユーザー同士のコミュニケーションに着眼し、早い段階でホームページを作ったり、またネットを介したインタラクティヴ・ライブ、のちには世界的にもかなり先駆けてmp3での音楽配信などを次々と達成して行く。

この曲は、いわばそのインターネットの世界へとユーザーを誘う内容なのである。(“Welcome”や“http”のような楽曲でインターネット賛美は露骨である)

インターネットとは言わないが、同じような内容は、例えば『時空の水』(1989)にも現れていた。

雪解けの裾で/ヤギは空を仰ぐ

眠り/めざめ/思い出せば話そう

アイリスが咲く/長い雨の夜

祈るようにキミを/さがして駆けてたこと

トルヒーヨのハルディン (トルヒーヨのハルディン)

トルヒーヨのハルディン (までいっしょに行きませんか?)

トルヒーヨのハルディン (トルヒーヨのハルディン)

トルヒーヨのハルディン (まで行きませんか?)

ここでのハルディンとは精神病院を指す(らしい)。他者を誘うような歌詞はすでにここでも使われているが、ここでまだ平沢はインターネットという媒体を手に入れてはおらず、やはりあくまで抽象的なものなのだ。

 

つまり平沢進の観念的な他者は、インターネット通信を通じたユーザーとの直接的なコミュニケーションにおいて初めて実体化している。

ここでそう結論できるのは、この楽曲に「夢見る力に」というタイトルが付いているゆえにだ。平沢進の「他者」=「眠り」は、ここで「インターネット」ともイコールを結ぶわけだ。

 

健康な大人の平沢進

実に大袈裟なタイトルの割に「実体化」の項はやたらあっさりと書いてしまったが、こうして平沢にとっての他者が実体化したがゆえに、のちの核P-MODELにおいて、ディストピア世界、さらに初期のメディア批判が復活していると言える。

平沢進は、常に直接的なコミュニケーションを志向するゆえにジャスラックであるとか、レコード会社といった「中間管理」を批判するし、まただからこそmp3配信のようなインディペンデントな媒体に強くこだわってきたのだ。彼が毎日のようにTwitterを更新することも、これと陸続きである。これはインターネットが彼にとって「他者」そのものであるからこそ、だろう。

 

というわけで、こうして平沢進は病から回復し、実に「健康な」大人になった。

『パースペクティヴ』から『スキューバ』を経て『時空の水』へ至るあたりの平沢の葛藤や苦悩はもはやない。音楽制作においても歌詞においても、かなり安定した作風を確立したと言えるだろう(ちなみにもう一方で、『カルカドル』〜初期三部作の頃はあくまで「無国籍風」であり、「どこか」だった不思議な音楽性は、90年台中盤を持って「タイ」や「アジア」といった形でこちらも実体化していると言えるかもしれない)。彼はポップソングを作る職人である。

それは「私がやりたい様にやった結果、それがすべて、私のサウンドであります。音楽における、実験というものはすべて、すでに終了していると思っております。蓄積してきたノウハウを、必要に応じて配置しているのみのことでありまして、楽器、その他に対して、執着、愛着はありません。一言で言うなら、逸脱であります」(2000年)といった発言にも見られる。

 

僕としてはこの平沢進に対しては少しだけ微妙な気持ちも持っている。

中期P-MODELが好きだというのもあるし、あるいは苦悩して実験しているミュージシャンが好きなのかもしれない。

例えば平沢の敬愛するギタリストであるロバート・フリップは、齢70を超えた今もキング・クリムゾンにおいて「トリプル・ドラム」という(今度クアッド・ドラムになるらしいが)新しい形態で音楽を作っているし、上の平沢の発言とは対照的に、「いつ作った曲であれ、どれも新曲だ」と(ライブでの心構えとして)述べている。

それが実験として成功しているかはまた別の問題として、アティチュードとして僕はミュージシャンは実験者であってほしいのだ。かつての平沢進は、意外にもインタビューで「コンサートとは」とか「ロックとは」とか、大きなテーマや哲学的な命題について語っていた。

それは彼にとっての他者が、決して実体化することがなかったからだと思う。後追いでP-MODEL平沢進を聴いていたとき、その葛藤のすえに“金星”にたどり着くあのダイナミズムに僕は感動したのだが、それがインターネットという形で実体化すると、(僕の世代からすると)そんないいもんでもないでしょ、と思ってしまう部分がある。“Welcome”の歌詞など、ちょっとダサいと思う。

 

…まあそれはともかく、決して実体化しない他者をどうするか、かつてそうした苦悩があっただろうし、だからこそリスナーやファンたちにもかつての平沢は不信感を抱いていた。そこにめまぐるしく自己否定を続けるようなあの中期のP-MODELがあったのだ(それは平沢以上に時代的なものでもあったのだと思う)概略的にはなったけれど、今回の記事でもそれがわかっていただけただろう。僕は80年代の平沢進が好きだ(少なくとも歌詞のレベルでは)。

 

平沢は、例えば核P-MODELにおいて初期の自己パロディをするが、中期P-MODELの手法を再利用することは決してない(還弦主義においても『ポプリ』は無視されたのだ)。それはおそらく第一にその音楽性がバンド形態でないと成立しないものだからで、第二に今の平沢にもはや苦悩などないからだ。

まあ、今の平沢に再び悩めとか言ってもしょうがないし、当然ゼロ年代以降の平沢進も好きでいつも聞いているので、大きな不満があるわけではない。ただし、少なくともこれ以上、抽象的なレベルで平沢のテーマが深まることはないのかなと思う。P-MODELバンドとして復活することもないだろう。

(ちなみに、どうせ平沢はやらないんだから三浦俊一とか中野テルヲあたりが中心になって再結成すればいいのにと僕は思っている…)

 

平沢進はもはや、毎日Twitterを更新するファン想いの健康な大人なのだ。

と、7月に大阪でライブを観ることが決まった夜に思ったのだった。

 

 

※関連記事

searoute.hatenablog.com

 

 

近々、中野テルヲ(というかビート・サーファーズのサミット)とか戸川純のライブにも行くので、気が向いたら記事を書きます。

平沢進の実体化する他者/「眠り」【前半】

僕は音楽において、大別してプログレニューウェーブポスト・パンクが好きなわけだが、そうすると平沢進はそのどちらにとっても偉大な存在である。

彼の作風や音遣いのクセは明らかにプログレ由来であって、現代版プログレとして見られるべきだし、80年代P-MODEL〜ソロに至るまでの道はXTCUltravox、PiL、Wireといったポスト・パンクバンドとの関わりなしには語れない。

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というわけで僕は今まで主に平沢進の音楽面について書いていた。が、今回は歌詞について書こうと思う。彼の中での重要なテーマとしての「他者」、そして「眠り」のモチーフの話だ。

 僕は(後追いということもあって)90年代前半までの平沢進しか実は詳細には追っていなくて、いわゆる「タイショック」後の平沢についてはあまり触れていないので、おそらく80年代中盤〜90年代前半の話が多くなると思う。

 

平沢進と他者

しばしば平沢進の歌詞は「難解だ」と言われることが多いが、彼ほど素直に一つのテーマを歌ってきたミュージシャンもいないだろう。彼の楽曲と同様、一つの仕組みがわかれば実は簡単である。

『アナザー・ゲーム』や『スキューバ』以降の平沢進・リスナーには常識であろうが、平沢進の歌詞には「夢」が頻出する。「眠り」とは要するに寝ることだが、それは平沢進においては「夢」や「無意識」と結びつけられるものだ。彼がユングにはまっていたことからも明確である。

一方、そもそも平沢進において潜在的なテーマとは、「他者」である。他者とのコミュニケーションというテーマを用いれば、初期P-MODELから改訂P-MODELに至るまで全て解釈可能である。どころか、これは彼の音楽的なスタイルの変遷とも関係している。

他者のテーマと眠りのモチーフ。これらを中心にして、平沢進P-MODELの変遷について書いていく。それにあたっては、P-MODELの各アルバムから一曲ないし二曲ずつの歌詞を引用し、それについて読解していく形をとる。前半にあたるこの記事では、主に他者のテーマについて取り扱うつもりだ。

 

初期P-MODEL

美術館で会った人だろ/そうさあんた間違いないさ

綺麗な額を指差して「子どもが泣いてる」と言ってただろ

なのにどうして街で会うと/いつも知らんぷり

あんたと仲良くしたいから/美術館に火をつけるよ

 

夢の世界で会った人だろ/そうさあんた間違いないさ

血のりで汚れた僕の手を見て"I LOVE YOU"と言ってただろ

いつのまにか一人遊び/ドアの鍵閉めて

あんたといいことしたいから/窓ガラスを割ってやる

1st(1979)初期P-MODELを代表する楽曲"美術館で会った人だろ"であるが、これほどに平沢進の歌詞のテーマを端的に表した楽曲があっただろうか。この楽曲からおそらく今に至るまで、彼は全く同じ話をし続けている。

この歌詞の中で重要となるのは、「あんた」を軸にした「美術館」=「夢の世界」/「街」の対比構造である。

美術館で会った「あんた」は僕と「仲良く」しており、「"I LOVE YOU"」を囁いてさえいる。ここで「僕」と「あんた」のコミュニケーションは実に円滑に進むわけだ。

ところが、その場所が「街」に変わった瞬間、「あんた」は「知らんぷり」をするわけである。この不条理が「僕」には理解できない。どうして同じ「あんた」である存在が、その場所によって変わってしまうのか? その不条理を「僕」は「美術館」とか「窓ガラス」を破壊することで解決しようとするわけだ。

「僕」と「あんた」のコミュニケーション。これはのちに「ボク」と「キミ」に書き換わるわけだが、この時からすでに平沢進のテーマ設定は一貫している。ボクとキミのコミュニケーションが、「街」=「窓ガラス」によって遮断されてしまう。それは2nd(1980)の“ダイジョブ”の歌詞でも明らかだろう。

対話の経路は複雑怪奇/ボクがあんたの目を見つめるのに

いったいいくつの許可がいる/ボクの声が聞こえるか

きらいな場所から/はなれられない

いまわしい場所から/はなれられない

はなれなくても/ダイジョブ

ハロー 活字の中から/ハロー 音のミゾから

ハロー ラジオの中から/ハロー ブラウン管から

ハロー 私しぶとい伝染病

 

想像力さえお金の支配下/動脈硬化のネットワークさえ

ふとした力で大さわぎだけど/私あんたをあきらめきれずに

いまわしいシステム/はなれられない

ゆるせないシステム/はなれられない

はなれなくても ダイジョブ

ここでも問題になるのはコミュニケーションだ。

長くなるので引用しなかったがこの歌詞の歌い始めは「話す言葉は管理されたし/手紙を出せばとりあげられる」である。要するに、「僕とあんた」の関係は、それを取り持つ(忌まわしい)システム、メディア、あるいは言葉によって徹底的に遮断されている。それでもなお「私あんたをあきらめきれずに」と平沢進は歌っている。

この世界観があるからこそ、P-MODELディストピア的世界観が出てくる。初期P-MODELによる社会批評とは、本質的には「遮蔽物としてのメディア」批判なのである。このメディア≒社会批判は、ニューウェーブ全般に共通したテーマであるとさえ言える。

ここで平沢進以外の歌詞も見ておこう。P-MODELは別に平沢だけによるものではない。

誰も彼もが知らんぷりして
僕を踏んづけたりなんかして
誰も彼もが知らんぷりして
僕を踏んづけたりなんかして

僕の血反吐は広がり貴方の
せめて足元届いて欲しい

タッチ・ミー 確かめて タッチ
胸の鼓動が止まりそうだよ
タッチ・ミー ためらって タッチ
虚ろな視界 かすかに タッチ

ベーシストである秋山勝彦による「タッチ・ミー」である。秋山のやや情けない歌によって歌われるこの曲だが、この曲はP-MODELのテーマを実は先取りしていたとも言える。「タッチ・ミー」とはすなわち中間項を取っ払った「直接的なコミュニケーション」への渇望である。そして秋山の歌詞において重要なのは、平沢に比べ目線が主観的であることだ。平沢進の歌詞には社会風刺的な目線が含まれているが、秋山はむしろ疎外される孤独な個人にしか興味がない。

しかし平沢進の歌詞もまた、メディア批判の先にある「直接的他者」への孤独な渇望へと変遷する(僕はこれを平沢の秋山化とひっそり呼んでいる)。

 

中期P-MODEL(前半)〜「孤独」

YMOを中心とするテクノ・ブームに沸く世間に辟易とし、初期のテクノ・ポップ路線を捨てポスト・パンクへと舵を切ったP-MODELは、秋山勝彦をクビにし、平沢、田中、田井中の三人体制で『ポプリ』(1981)を製作する。

まだ初期の面影を残しながらも初期にはあり得なかった内省的なサウンドを志向し、前衛手法をふんだんにとりいれた3rdだが、歌詞の内容もここから内向化し始める。

見なれた景色のエッセンスには/ボクを拒むわけがある
わかっているさ 百も承知さ/一から千まで話したところで
さみしさには変わりない/この気持ちをどうにかしようと
ついうっかり受話器をはずして/ついうっかりダイヤル回して
ついうっかり/ついうっかり/ついうっかり秘密のうわぬり
いまわし電話/ケーブルの中で
いまわし電話/ボク放し飼い
いまわし電話/動くに動けぬ
いまわし電話/ボクは秘密の単位

「いまわし電話」だが、ここでは、今までは単に批判の対象であったメディア=「電話」が、少し違った角度で語られている。ここで大きく取り上げられているのが、要するに「ボクの孤独」である。

相変わらず「ボク」は「忌まわしい場所/システム」にとどまっているのだが、ここで強調されるのはそのシステムへの批評ではなく、むしろ拒まれてしまう「ボク」である。システムに不信感を抱きながら、それでもなお「ついうっかり」他者とコミュニケーションを測ろうとしてしまう「ボク」がクローズ・アップされている。ここで歌詞は一気に内向化/抽象している。

目覚めると funeral funeral/夜明けの前に時は止まった

ボクは月を恨んでいない/勝負は始めについていたから

振り向くと carnival carnival/人ごみに浮かぶボクの抜け殻

うしろ髪に巻かれて笑う/せめて香りのgestalt

あなたの頬を紅く染めて

同じく3rdから"Potpourri"だ。ほとんどやけくそのシャウトで歌われるこの曲だが、ここでは、もはや歌詞の明確な意味や具体的な内容は伝わらない。

平沢進は『ポプリ』を「敗北宣言」と後に呼んでいるが、この歌詞にもその敗北感が滲んでいる。キミとボクをとりもつ中間項である社会を否定し、流行りの音楽を否定した今、「ボク」には内省的な孤独しか残されていない。「時は止ま」ってしまい、「ボク」はもはや「抜け殻」へと化している。

この3rdでは、他にもこのように抽象的な歌詞が散見される。

 

この抽象化と内向化は4th『パースペクティブ』(1982)において頂点に達する。

厳粛な光の視覚/言葉だけが身をかこむ

あらゆる物ものがたり/流れるTime

 

立像の無常は動かぬ律動/夢はいつも終わりから

うかれる目がチャンス殺す/流れるTime

 

Cosmosは高さに宿り/消えぬ想い歩巾がかこむ

言葉なくては見えないこの身よ果てろ/流れるTime 

"Perspective"。このアルバムにおいて歌詞の抽象化は極まり、意味よりも語感を優先した作詞がなされるようになる。ここまでメタファーだらけであると、もはやほとんどの歌詞の意味が明確ではない(というか意味を確定する意味がない)。

が、重要なのは前者における「言葉だけが身をかこむ」、「あらゆる物ものがたり」や「言葉なくては見えないこの身よ果てろ」という表現だ。

それを押さえつつ、とりあえずもう一つ見てみよう。

色とりどりにのこぎり鳥は/メートル法の部屋を飛ぶ
愛なんぞじゃありゃしない/まして正義なんぞじゃありゃしない
カガミがあるだけ
のこぎり鳥はどこ義理欠いた
底意地とれて/のこりギリギリ


きめこまやかにのこぎり鳥は/見える角度で姿を変える
うそなんかじゃありゃしない/ましてほんとうなんかじゃありゃしない
日記があるだけ
のこぎり鳥はどこ義理欠いた
底意地とれて/のこりギリギリ

意気揚々とのこぎり鳥は/チェス盤上をねりあるく
敵なんぞはいやしない/まして味方なんぞはいやしない
恐怖があるだけ
のこぎり鳥はどこ義理欠いた
底意地とれて/のこりギリギリ

 

時はやおそくのこぎり鳥は/直線上の視界の奴隷
いちぬけたいねさようなら/ましていちぬけたいねさようなら
言葉があるだけ
のこぎり鳥はどこ義理欠いた
底意地とれて/のこりギリギリ

"のこりギリギリ"だ。ほとんどラップのように語感の近い言葉が並べ立てられている。これも歌詞は抽象的だが、"Perspective"と共通して、まず「視界」、「遠近法(パースペクティブ)」という共通した表現が出てきている点が重要だろう。

おそらくだが、ここで視覚の不確かさと、主観的な視界上で捉えられないモノの多面性(哲学の述語でいうと、「現象学的地平」とか「パースペクティブ」)を重ねて記述している。

そしてもう一つ重要なのは、「カガミ」「日記」「恐怖」「言葉」があるだけ、という表現の並列だ。これは「言葉なくては見えないこの身」と陸続きにあると考えなければならない。日記とカガミという表現は、主に主観性のメタファーと捉えるのがいいだろう。

言葉の意味は、「パースペクティブ」の多面性と同じく決定不可能で、不確かなものである。物を見て「正義」や「本当」を読み込んだとしても、それは結局ある種の主観的な判断でしかなく、そこから抜け出ることはできない。それと同じように、視界の内側、言葉の内側をどこまでも掘って言ったところで、そこにはまた結局自分自身が現れてしまい、外側/他者に出会うことはできない。主観性の恐怖があるだけなのである。

"Zombie"にも「ここはここになく/ただストーリー/すれちがう Narratage の亡霊」という歌詞があるが、ここにおいて平沢進は現実を捉えるものとしての「言葉」(中間項)に対して相変わらず批評的な目を向けている。

つまり一言でいえば、これは言葉に対する不信感だ。初期にあった社会批判/メディア批評のテーマは、ここでその社会の切断と、その後に残る主観的な孤独という形で進展している。

現実(「ここ」)は言葉を介してしか捉えることができない。ところが、実際のところ平沢進の言葉は現実を捉えることなどできないし、ましてや他者に意味を伝えることもできない。言葉は他者と通じるための手段どころか、遮蔽物である。そこには自分しかいない。いくら「いちぬけたい」と言ったところで、だ。

だからこそ、ここで歌詞は抽象化していると言ってもいいかもしれない。初期のように明確でストレートな意味を歌詞で歌うことが、この時期の平沢進にはできない。いくらそれが批評的に正しくても、それは「ただストーリー」にすぎないからだ。

他者とのコミュニケーションを志向しながらも、自らの言葉がそれを遮断してしまう。だからこそ、歌詞すらも懐疑の対象になり、明確な意味よりも語感が重視されていく。

 

平沢進の「他者」 

さて、彼のテーマが、どうあっても他者であり、その他者の不在にこそ、初期〜『パースペクティブ』までの平沢進のテーマがあったことが明らかになった。言語を介しては捉えられない他者への渇望。

哲学に明るい読者は、これが実際現象学以降の現代思想において深められていた問いであることもわかるはずだ。平沢がその読者であったかどうかについては全くわからないし、それを突き止めたところでなんら意味はないが、時代的にはこういったテーマが流行っていた時期でもあった。

現実においても、この時期から平沢進は精神的に不調に陥っていくこととなり、そこから完全に復帰するには長い時間を要することとなる。『パースペクティブ』のあたりから平沢進ユングをはじめとした精神医学の本を読み漁り、心理学やカウンセリングに傾倒していくことになるのである。彼のツイッターにおける(ややオカルトな)健康法の話はこのあたりの時期への反省から来ていると思われる。

むしろ現象学の流れでは言語(的身体)こそが他者性の契機と言われたりするわけだが、そんなことは平沢進には関係ない。平沢進にとってはこれは大きく実存の悩みでもあったわけだ。この時期の彼は目の前の実際のリスナー達を半ば否定するような身振りを取りながら、抽象的で神秘的な他者へ向けて突き進んでいく。

 

このあたりの問題は実は今敏の映画とも結びつくと思うのだが、今回は特に触れないでおこう…というわけで、記事が長くなりそうなのでいったんこのあたりで区切ることとする。次回は「病んだ」平沢進の自己セラピーから話を始めたい。

いったい彼はどのようにして他者と出会うのだろうか?

 

※後編書きました 

searoute.hatenablog.com

 

P-MODEL『ワン・パターン』評

航路通です。さらっとP-MODELのアルバムレビューを書くつもりが半月近くかかる難産になってしまいました。長いので興味があるところだけ拾い読みしていただけたらいいなと思います。

 

ワン・パターン(紙ジャケット仕様)

ワン・パターン(紙ジャケット仕様)

 

※現在は廃盤。僕はiTunesで買いました。

 

P-MODELといえば日本のテクノ・ポップシーンにおける最古参のバンドのひとつであり、平沢進率いるカルト・パンクバンドである。
本稿は、そのP-MODELが凍結以前に最後に製作したアルバムである7th『ワン・パターン』(1986)をとりあげる。

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中期P-MODELの変遷

2ndでテクノ・ポップを封印し、3rd『ポプリ』(1981)以降ポスト・パンク的な前衛手法を選ぶようになった中期P-MODELは、初期からの差別化として深く淀んだリヴァーブ(反響)を追求していた。それは4th『パースペクティブ』(1982)や5th『アナザー・ゲーム』(1984)などに顕著だ。

P-MODEL - Perspective

 

しかし、P-MODEL名義でありながら実質平沢進のソロであった『SCUBA』(1984)では、それまではサウンドを盛り立てる効果として用いられていたサンプリングやドラム・マシンの全面使用が解禁され、強烈なスネアの音と同時にチープかつ乾いたリンドラム的な音が多用された。それ以降「凍結」までのP-MODELにおいても、スネアの音とリヴァーヴへのこだわりは健在ではあるが、それまでに比べればやや鳴りを潜めている感がある。

そしてそれに伴い、P-MODELはそれまでの暗く密室的なモノクロの音像から、今の平沢進にも通じる無国籍ポップの極彩色へと舵を切る。それまで実験的な手法しか許さなかった禁欲的なP-MODELの音像に色が与えられ、様々なポップな手法や歌モノ的なアプローチが取り入れられるようになった。平沢進の「テクノ/ポップ」への過剰な忌避感がやや薄れたと言ってもいいだろう。

横川理彦の参加した6th『カルカドル』(1985)で、そのポップ成分は開花している。

P-MODEL - Leak

 

そして今回取り上げる7th『ワン・パターン』(1986)においても、『カルカドル』と同じくドラム・マシンやサンプリングを多用した不可思議ポップスな音像が作られているわけだ。しかし横川理彦・三浦俊一の脱退/中野照夫・高橋芳一の加入により、また前作とは違った色を見せたのが『ワン・パターン』なのであった。

さて、しばしば中期ということで括られがちな80年代P-MODELだが、『SCUBA』を分岐点としてかなり大きく変遷していることを、後追いのファンである自分としてはぜひ押さえておきたい。80年代のP-MODELにおいても打ち込みは用いられていた。

しかし、あくまで生演奏できることを前提にしたこの時期の楽曲群は、生楽器・ドラムマシン・サンプリング音源が混交した無秩序な様相を呈している。今からそれについて書いていこうと思う。

 

各楽曲

各楽曲の印象をまとめよう。※YouTubeで聞けるものはリンクを貼っておいた。

1.OH MAMA!
2.Licorice Leaf
3.Astro Notes
4.メビウスの帯
5.Drums
6.Zebra
7.おやすみDog
8.Another Day
9.ハーモニウム
10.サンパリーツ

 

平沢進(Vo,G,Key)

中野照夫(Vo,B,Key)

高橋芳一(Systems)

荒木康弘(Dr)

 

1.OH MAMA!

P-Model - Oh Mama!

アルバム冒頭から、勝ち誇るような派手なシンセ・ブラスのリフに度肝を抜かれる。「平沢進節」とでも言えるだろう。メジャースケール丸出しというような明るいリフから内省的なAメロに移り、一気にサビで展開する構成は平沢ソロにも通じている。歌詞の内容は“Big Brother”的で、母性の支配とそこから逃れようとする夢の物語だと思う(「夜=隠れ家=眠り」と「朝=籠の中=夢のあと」の対置関係)。一種のユートピアとしての「眠り」は、『SCUBA』から現在に至るまで平沢進に一貫したテーマである。

平沢の好みだと思うが、このアルバムの楽曲では打ち込みの音は打ち込みとわかるようなチープな音像で用いられている。たとえばこの曲で言えば、リフのリズムの裏で忙しなく刻まれる「カタカタカタ」という音や、三拍目の「カーン!」という間抜けな金物の音。打ち込みだからこそ可能になったチープさだ。

そのほか、たとえばサビ部分の単純な裏拍スネアやギターの極端にショボい音などに「チープさ」へのマニアックな嗜好が現れている。この居直った諧謔はアルバム全体に通じている。

中野照夫の変則的なベースや、荒木康弘のリズムパターンも光るものがあり、ライブでも映える曲だった。なお、中間部の女性コーラスはライブにおいてはカセットを入れて再生するという非常にアナログな手法によって再現されており、当然融通が効かないので生ドラムと合わせるのが困難であったらしい。

 

2.Licorice Leaf

P-MODEL - Licorice Leaf

7thから加入した中野照夫による楽曲で、歌も中野が歌っている。僕はこの曲がこのアルバム、あるいは中期P-MODELを象徴するような曲だと思う。

生のドラムの音と打ち込みの音が混交した騒がしいリズムの音、"Jungnle BedⅡ"や"Holland Element"で用いられたジャングル・ビート的なダンサブルなリズムとパーカッションの音が耳につく無国籍/エキゾチックな作りであるが、何と言ってもリフの怪しげな雰囲気が印象的である。シンセ・ストリングスの怪しい音を多用する中野の作風は『アナザー・ゲーム』辺りを彷彿とさせる。

開き直ったような明るいサビ部分は底抜けに爽やかで、かえって不気味なほどであるが、この妙な子供っぽい明るさというのは後述する通り“メビウスの帯”、“サンパリーツ”にも共通する中野の作風で、平沢進にはない要素だったかもしれない。

平沢進といえば増四度を多用する傾向にある(ドに対するファ#の関係。いわゆる不協和音で、おそらくプログレ時代から引き継がれた。ホールトーン・スケールの多用、セブンスの多用などにそれが現れている)が、それは中野にも引き継がれており、リフはいきなり増四度から始まる(この場合、リディアン・スケール)。

そのようにこの時期のP-MODELの楽曲をパロディしているかのような風情があるのにもかかわらず、特徴を純化していった結果なのか、今までのP-MODELにはないような新鮮さを感じさせるのが不思議である。平沢進にはないクールな明るさがあるのが中野照夫の才能といったところだろう。

一方、間奏部のフレーズを切り貼りしたギターソロ(?)は、ギターへの愛など全く感じさせない、平沢進ならではの奇天烈フレーズで、中野の才能に負けていない。後ろで鳴るトロピカルなベルの音は『カルカドル』の要素(“Hourglass”で用いられていた)である。

さて、この曲では「ポコポコ」というパーカッションのような音が入っているが、これはライブにおいて平沢進MIDIギターで再現していた。当時のMIDIギターは技術的に未熟で、不具合で楽曲が中断されることも多かったようだ。平沢進の近年のインタビューでは次のように語られている。


HS〔平沢進〕:あの頃は意外性を狙ってギターでパーカッション・ソロをやってましたが、リズムものは音の遅れが致命傷になりますよね。それでもやってたんです。ライブの後に「ヒラサワさん、今日はテープの調子おかしかったですね」と言われてショックでした。
〔インタビュアー〕:(笑)
HS:逆に、ギターからパーカッションの音が出てるとは思われなかったということですが、じゃあ私はあの時一生懸命何をやっているように見えたのかと、拍子抜けしました(笑)
〔インタビュアー〕:(笑)パソコンも8bitの頃ですものね。
HS:でもまぁ、ギターシンセをライブで使うことを想定して作った曲もあって、それの為にしばし使ってましたけどね。それでも、上手くいく事はめったにないんですけどね。

 

http://www.ikebe-gakki.com/web-ikebe/gj_hirasawa-susumu-interview/

この時期の平沢進は打ち込みの音を生演奏で再現するのに心血を注いでいたようだが、90年代半ばになると煩わしい生演奏を排した「すべて打ち込み」へと転換していく。

 

3.Astro Notes

ロック的な歪んだギターのリフとゴムのような感触のベースが開幕を告げる、 P-MODELとしては異色な楽曲。不安定でマイナー調のAメロからアコースティックなギターの響きのBメロに移行し、伸びきった左右に振られた音が上がったり下がったりする気だるい打ち込みパートへと進行する、展開が読めない楽曲。ミクソリディアン・スケール(ドレミファのシをシ#にしたもの)が用いられており、やや神秘的な雰囲気を醸しているが、スケールが一定ではないので非常に不安な印象を与える。

歌詞の内容は、危険な探検に赴いた調査団といったような内容で、乾いた描写で鬼気迫るのだが抽象的であり、明確な意味は伝わらない。

曲名は60年代に日本でだけヒットした稀有なエレキ・バンドであるThe Astronautsから着想を得たのだろうか。

The Astronauts - Movin' 太陽の彼方

(余談だが、平沢進のサウンドにはかなりエレキ・ブームの影響が色濃い。リヴァーヴへの異様なこだわりも、おそらくポスト・パンク的なアプローチ以前にベンチャーズだったのだと思う。また同時期のバンドとしてはヒカシューもその影響が大きく、日本のニューウェーブとエレキの関係もまた考えられるべきなのかもしれない)

 

4.メビウスの帯

中野照夫作、歌も中野。分厚いシンセ・パッドの上に笛のような軽快なメジャー・スケールのメロディが乗る可愛らしい曲。おもちゃ箱をひっくり返したようなサイケな雰囲気があり、強いて過去作でいうなら“BIKE”あたりに近い。サビでやけっぱちのようにポップになるのは“Licorice Leaf”とつながる中野の作風かもしれない。

サビの後のリヴァーヴがかかったギターの音には、やはり平沢進のルーツであるエレキ/サーフ・ミュージックな癖が出ている。エレキ−サイケ−ポスト・パンクに通ずるのはリヴァーヴへのこだわりなのかもしれない。

The Atlantics - Turista

※オーストラリアのマイナーなエレキ・バンド、アトランティックスの楽曲。P-MODELがライブで演奏していたり、平沢進がカバーしていたりと、平沢のルーツとしてかなり存在感がある曲。“美術館で会った人だろ”に近いフレーズも入っている。


5.Drums

P-MODEL - Drums

強めにエコーがかけられたギターのアルペジオに打ち込みの行進曲的なドラムが入り、シンセ・ストリングスのメロディで進行していくこれまたP-MODELらしからぬ楽曲。オーケストラを打ち込みでやってみました、のような感もあり、つぶやくような素朴なボーカルとメンバー全員での合唱になんとなく童謡のような牧歌的な雰囲気がある。“Goes On Ghost”あたりに近い雰囲気か。

“金星”でもそうだが、平沢進はこういったギター・プレイでは弦の擦れる音を大きく入れる癖がある(普通は削除する音なのだが)。どこかしらヒーリング的な要素もあり、アルバム中で最も平沢ソロに近い楽曲だろう。

 

6.Zebra

P-MODEL - Zebra

この辺りからB面といった感じだろうか。アルバム中でも随一に爽やかな歌モノで、いわゆる「メジャー一発歌い上げ」である。「解凍」P-MODELのテーマ曲となっていたり、アニメ『妄想代理人』オープニング“夢の島記念公園”でセルフ・パロディされていたりと、何かと平沢進お気に入りの楽曲という感じがあるが、“Fish Song”、“Frozen Beach”と同じような曲構成であり、平沢進の素地がよく出ている。キーはCであり、メインのメロディは非常に単純なドレミファソラシドで出来ている。広大な草原を思わせる歌詞も相まって、バンド感が非常に希薄だ(元からだが)。

Bメロのやや暗いパート(音が上下するパート)では分厚いシンセ・パッドの音が用いられているが、ここの上昇音ではまた増四度がひょっこりと登場している一方、ソロ部分ではA♭が用いられ減六度を形成する。平沢進はこの減六度(もしくは増五度)を「ピラミッド音階」と呼んでいたようだ。ソロでは“山頂晴れて”などで用いられている。

一方でメジャー一発の単純なメロディを作りながら、間奏部分でこのように怪しげなコード進行を採用するのは計算なのか皮膚感覚的なものなのかよくわからないが、とにかくそれでも普通に聞かせるのが平沢進の楽曲の説得力というところだろう。

ライブでは笛のような音がMIDIギターで演奏されており、中間部のソロもギターで演奏されていたようだ。


7.おやすみDog

P-Model - おやすみDog

各所にサンプリングが用いられたシニカルな一曲。16ビートの性急なシンセ・ベース(普通ならシーケンサーを用いるだろうが、このフレーズでさえライブでは中野照夫によって手弾きされていた)が印象的である。『ワン・パターン』全体の作風のまとめとも言える曲で、牧歌的なリフ→伸びやかなAメロから突如として無音階の棒読みのサビに入っていく。「寝た犬起こすな、寝た犬起こすな」と連呼する部分はなかなかにシュールだ。

決して単に「アヴァンギャルド」なのではなく、かといって一辺倒に「ポップ」なのでもなく、犬の遠吠えを真似たようなヴォーカルや間奏部の犬の鳴き声など、「ポップさ」を茶化しているような雰囲気すらあり、初期とはまた違った形で「テクノ・ポップ」としての新しい境地を開いた楽曲ではないだろうか。

 

8.Another Day

P-MODEL - Another Day

P-MODELとしては何もかも異色な楽曲。PVが作られているのも珍しいが、これだけコードをジャカジャカと弾きまくり、バンド・サウンド的にできている楽曲はこの時期のP-MODELとしてはありえない。行き詰まった末の楽曲であると言えるかもしれない(実際この楽曲はほとんど一発録りに近い雰囲気で製作されたらしく、「セッション」感が非常に強い)。

打ち込みも用いられているものの、ドラムはアルバム中で最も生感が強く、ハイハットの刻み方などに荒木の素直なプレイを楽しめる。一方でシーケンサー的なフレーズも使われている。

非常に爽やかで、歌謡曲にも近いような歌ものだ。コード進行はやや変わっていて、この楽曲でキーになるのは“Zebra”のソロ部分と同じくA♭だろう。イントロ/サビはC→A♭の繰り返しであり、典型的な「ピラミッド音階」だ。高音域と低音域を行ったり来たりする大仰なシンセ・ストリングスの高揚感はこの減六度の進行からきている。

また、珍しさという点では、平沢進の棒読みのセリフ・パートがあるのも中々に異色である。


9.ハーモニウム

P-model - ハーモニウム 

テンションの高い楽曲が続いたところで、やや落ち着いた雰囲気の楽曲だが、おそらくアルバム中で最も不思議な楽曲である。“Astro Notes”とやや近いか。これまでのがP-MODELの楽曲で言えば、“Floor”をさらに不条理にした感じかもしれない。

不協和音を繰り返すシーケンサーの粒だった感触、シンセ・ブラスの実にチープな感触、童謡じみた歌メロ、単純な4/4のベースパート…に分厚いストリングスが乗っていく。ファンタジーRPGのような感触さえあるが、スケールが一定ではなく、ホールトーンとメジャーを足したような不安定な進行で、聞いていて先を予想できない。それぞれのパートをコラージュしてできているように感じられる。

かといって不気味一辺倒でもなく、歌部分にはそれなりに叙情的な雰囲気があり、楽曲全体を一体どうしたいのか全くわからない。中間部の左右に振られたシンセ・ブラスのソロ(?)における不協和音めいた不気味な進行にそれが現れている(なぜかYMOの“technopolis”を思い出してしまったが)。この楽曲におけるチープさは、ポップさなのか、叙情性なのか、アヴァンギャルドなのか、とにかく決定できない不条理がある。


10.サンパリーツ

P-MODEL - サンパリーツ

アルバム最後を飾る楽曲、中野照夫作詞作曲。「杉並児童合唱団」なる合唱団の児童たちによる「おー、サンパリーツー」という声をサンプリングしている。平沢進はそれなりに気に入っていたようで、ライブで観客に「サンパリーツ」を言わせて遊んだりしていたようである。

怪しげなストリングスフレーズ(ちなみにこれも増四度)と開放感のあるフレーズを行ったり来たりするという“Licorice Leaf”路線の曲だが、口笛のような軽いフレーズと呪文じみた歌メロの対比が印象的であり、中野照夫の(ミック・カーンに影響を受けた)フレットレス・ベースの響きを楽しめる楽曲でもある。

 

「ポップ」なのか「前衛」なのか?

さて、長々と楽曲それぞれについて取り上げてきた。僕の分かる範囲で理論的なことも書いたつもりだ。

このアルバム全体をまとめる印象としては、僕はまず前置きとして書いた記事がある。

 

searoute.hatenablog.com

 

長いので別に読まなくてもいいのだが、僕はこのニューウェイブの話を、実はこの『ワン・パターン』評の前段階として書いていた。要約すると、ニューウェイブにおいては、パンクからの影響で、「チープ」で「軽い」音楽こそが「ポップ」である、という価値観が生まれていたのではないか。実際のところ普通に技巧的であったり職人的であったりするものであっても「軽薄」な衣装を着て宣伝されていたのではないか、という話である。

それは初期P-MODELにおいてもそうだった。“美術館で会った人だろ”などは、ホールトーンスケールを多用したプログレッシブな楽曲でしかないが、テクノな音色と衣装でポップだと思われていた。

 

上の話と鑑みて『ワン・パターン』が面白いと思うのは、それが単に大衆を騙す衣装として機能していた初期P-MODELから、さらに一歩進んだ別なる「テクノ・ポップ」へと、到達しているように思われるからだ。

ところで、しばしば『ワン・パターン』は「中途半端な」アルバムと言われている。確かにこのアルバムは“Oh Mama!”や“Zebra”、“Another Day”のような歌ものを除けば実に地味な仕上がりであり、平沢進本人も出来に不満があったようだ。

このアルバムには『パースペクティブ』のような実験へとただ突き進んでいく禁欲的な態度もなければ、逆に開き直ってポップネスに接近した『SCUBA』のような開放感もない。

しかしこの中途半端こそむしろ僕には不思議に感じられる。一体どうしてこんなことになっているのか? 単に行き詰ったと考えてもおかしくはないが、僕はこの中途半端自体が、「アヴァンギャルド」/「ポップ」という対立自体に対する批評として機能してはいるように感じたのであった。その二項を同時に満たしながら逸脱する手法こそがここでの「チープ」への着目なのではないだろうか。

ここでのチープな打ち込みは「軽さ」を志向し、ポップな意匠に仕上げられている。それは他のニューウェイブの場合と同じだし、その軽さを忌避していたのがいわゆる中期P-MODELだった。

しかし今作で、打ち込みのチープさが単純に(初期テクノ・ポップのように)かわいらしいキッチュさやポップさに終始しているかといえば、決してそういうわけではない。打ち込み要素は、むしろ聞いている中で随所に違和感として残るようにも作られている。この両義性が不思議なのだ。

中野照夫の楽曲において顕著だと思うが、子供じみた可愛らしいポップさは、ここでは同時に子供特有の狂気にもなってしまっている。チープさは、不気味とポップのはざまにあるのだ。

ポップのための素朴さなのか、不気味のための素朴さなのか。どちらが手段でどちらが目的なのかここでは決定できない。たぶんこれは、中途半端なのではなく決定不可能なのである。

 

手違いとしてのテクノ・ポップ

ポップなのか、アヴァンギャルドなのか? これらの二択は、『ワン・パターン』において決定できず、また、これらは渾然一体になっているわけでもない(「前衛的なポップス」ではない)。この両者が同時に提示されるにもかかわらず、それらは一致せず、ひたすらにズレてしまうし、その違和感は放って置かれてしまう。

このズレ自体を明確に提示できたニューウェーブバンドを、少なくとも日本では、僕は他に有頂天くらいしか知らない。


ここでのやり口は、「中途半端」と形容されてしまったように、ともすれば単なる間違いである。単純に聞きやすくするために作られてもいなければ、逆に実験のために作られたわけでもない。どちらに的を絞ったとしても、やり方として間違っているし、どちらにせよ何かしら手違いが発生している。手段と目的がもはや明確ではないような誤った次元に『ワン・パターン』は置かれている。

そして、そもそもテクノとはそういうものではなかったのだろうか。クラフトワークとはそういった存在だったはずだ。彼らは当時非常に先鋭的だった電子楽器をなぜかポップ・ソングを作るために用いた。この誤解であり、手違いこそがテクノ・ポップを生んだのである。その意味で『ワン・パターン』は、解凍期とは全然違う「テクノ・ポップ」の優れたアルバムなのだ。

 

平沢さん、ポップをどうする気ですか

僕がこのアルバムを聞いた時の印象は「どうする気だ」である。“ハーモニウム”の箇所に書いたが、一体どうしたいのか全くわからなかった。とりあえず手当たり次第その辺の棚を開けまくったら色々出て来ました、というような感じすらある。

改めて聞き返しても、特に平沢進の曲は不条理な楽曲が多い(“Astro Notes”、“Drums”、“おやすみDog”、“ハーモニウム”あたり)。初期平沢進ソロもそうだが、ここでどうしてその音が入るのか、と疑問に思わざるを得ない部分がたくさんあり、しかし何も考えず聞いているぶんには素通りできてしまうのが、変なところである。特に歌ものの完成度だけでいえば普通に平沢ソロに通じる完成度なのだ。

中野照夫は、平沢進にわざわざ寄せなくてもある程度平沢と近いような不思議なセンスの持ち主で、もう少し平沢進と共作して欲しかった。この後に予定されていた『モンスター』というアルバムの製作が頓挫したのは実に惜しい。その後平沢進がバンドでの音楽製作を放り投げたのも、わからなくはないが、僕としては面白くないなあと思う。

90年代のP-MODEL平沢進のプロデュースを中心にしたある種の企画というか、あるコンセプトの下で一定期間活動するユニットであり、「平沢進がテクノをやる際に用いる別名義」のような形になっていたから、そちらに関しては僕は全く違うアタマで聞いている。

だから、7枚目のオリジナルアルバムである『ワン・パターン』(1986)は、バンドとしてはP-MODELの「最後の」アルバムであると僕は思うのだ。

 

さて、僕はこの「ポップ」をいじくりまわすみたいな音楽が好きである。アルバム一枚に一万字近くかけてレビューを書くのは非常に骨が折れたのでもう絶対にやりたくないが、また疲れが癒えたら別のアルバムでもレビューを書こうと思う。

 

二つの「虚構」/リズム(『ララランド』評)

 

あまり映画を観ないのだが、2週間ほど前にTwitterのフォロワーと会う機会ができ、せっかくなので映画を観ようと『ララランド』を観た。

 

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観たあとになるまで『ララランド』が話題作であること、『セッション』の監督の作品であることなどは知らなかったのだけれど、率直に言って結構楽しめた。二回目を個人的に観に行ったくらいだ。

しかし、Twitterを見ていると結構賛否両論という感じらしい。否定的なものとしては、脚本やらカメラワークが陳腐、とかミュージカル理解/ジャズ理解が乏しい、とかいった意見をよく見る。

僕は映画もミュージカルもジャズも門外漢なので、その評価ついてはピンとこない。菊池成孔の本でも一冊読めばわかるのかもしれない。 

まあ、せっかく久しぶりに映画を観たので、以下に、僕が面白いと思った点をまとめておく。

当然ネタバレを含むから、気になる人は観てから読んでほしい。

 

「ミュージカル」の違和感

おそらくこれはある程度の共通認識のはずだが、『ララランド』はメタミュージカル映画だ。少なくとも、「ミュージカル要素を入れて、ハリウッドの夢を追う純粋な若者を追いました」みたいな愚直にハートフルな映画だとは僕は思わなかった。

先に断っておくが、そもそも僕はなんとなくミュージカルに対する違和感を持っている。なんで急に歌いだすのかよくわからないからだ。

今まで普通に筋書きを追っていたのに急に曲が始まり歌い出し、こちらはそれを登場人物の心情描写なのか何なのか「そういう表現なんだな」と思って腹の中で了解して着いていかなければならない。急に虚構の世界に連れていかれる感じというか、その「お約束」を強いられる気がして苦手なのだ。フィクションの同調圧力、とでもいうのか。

その違和感は妥当ではないのかもしれないが、『ララランド』は、そういったミュージカルが(というより「虚構」が)一種の同調圧力であることに自覚的であると思う。

一番初めの渋滞の高速道路のシーンで、ララランドの住人たちはみんなそれぞれのカーステレオで好き好きに音楽を聴いている。ところが音楽が流れはじめ、女性が歌い始めると、住人たちはみんなそれに合わせてフィクションの世界に駆り出される。

画面上には同じリズムで楽しげに踊る人々が映され、それ以外は画面から排除されてしまう(渋滞していない道路の車はそ知らぬふりで普通に走っているが)。踊っているところはまったく映らないが、セブもミアもこの渋滞に同じく巻き込まれていたはずである。

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次のミュージカル・シーンは、パーティのシーンである。ミアとルームメイトたちが連れ添って楽しげにパーティに行き、「自分を見つけてくれる『誰か』」を探す。

ミアとルームメイトは初めこそ楽しげにミュージカルを演じるわけだが、実際会場についてみるとミアはそのノリにどこか違和感を覚えてしまう。それをミアは「『誰か』ではなく『私』を」探したい、と語ることで表出する。

そこで一瞬音楽はストップする。ミアは画面からいなくなり、その後でまた楽しげな音楽が再開する。

 

こうして見ると、この映画においてはミアもセブも、ミュージカルのシーン(虚構)であろうと実際に音楽が鳴っている場所であろうと、大勢とともにそれを同時に楽しむシーンがほとんどないことに気づく(それらしき箇所はジャズバーでセブが演奏している場面くらいか)。

どころか、この映画の主人公たちは、その鳴っている音楽とそれを楽しむ聴衆に没入できず、メタ意識=違和感を覚える描写のほうが多い。パーティでセブが80年代ポップスを演奏するシーン、ミアはポップスで踊る人々を茶化しているし、メッセンジャーズのライブシーンで戸惑うミアのシークエンスはこの「違和感」をよく表している(個人的にだが、好きなバンドのライブでも僕は「没入できない感じ」を味わうことが多いのでよくわかる)。

 

主人公二人が気持ちよく「虚構」の世界に没入できるのは、主人公二人の間の関係においてミュージカルが成り立っているときだけである。

つまりこの映画でのミュージカルは、主人公たちが入り込めず、違和感を覚えてしまう公的な「虚構」と、主人公たちがお互いの間だけで生成し、耽溺することができる私的な「虚構」の二つに大別できるはずだ。

セブとミアが初めにミュージカルを生成するシーンにおいて、二人はお互いのリズムを確認するかのように靴を踏み鳴らし、踊っている。そこで初めて彼らはミュージカルを生成するのだ。

 

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さて、ここでの公的な「虚構」とは、すなわち「ララランド」全体を支配している圧力でもある。女優なり俳優なりがこの街で成功するためには、少なくとも正攻法としては「誰かに気に入られる」(パーティ)か、「誰かを完璧に演じる」(オーディション)しかない。それができない人間はふるいにかけられてしまう。道路の渋滞のように人々はずっと「誰か」が訪れるのを待つしかないのだ。

この映画は、その渋滞をいかに迂回するかを描いているのではないだろうか。

 

リズム、グルーヴの生成と解体

上記の問題をより端的に表す隠喩を選ぶなら、テンポ、あるいは「リズム」であろう。『ララランド』はリズムの映画である。

「公的な」虚構において、人々はある一定のリズムに合わせて踊り、ミュージカルを形成する。キメのシーンでは誰もが一律に同じ動作でリズムに合わせる。それを支配しているのは一定の社会的コード、共通言語だ。

リズムというひとつの共通言語。それに基づいて人は踊るが、そこにノレず違和感を覚える人は、つねに疎外されてしまう。

ここでセブのジャズ理解が批評的になる。セブにとってのジャズは、リズムの奪い合いであり、エゴのぶつけ合いである。これは『セッション』のジャズ理解とも通底する(僕はここでそのジャズ理解が妥当であるかはとくに問わない)。

さらに、セブはジャズを同じ言語を持たない人の間でも可能なコミュニケーションとしてとらえていた。私的なリズムの主張の相克が全体のグルーヴを生成する。それがセブにおけるジャズなのである。

 

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ここでのジャズが『セッション』と異なるのは、『セッション』はもはや全体のグルーヴが解体されるかのようなリズムの奪い合いが主眼だったのに対して、『ララランド』はむしろグルーヴの生成の条件としてリズムの相克が据えられている点だと思う。

この映画は一方でリズムのもつ同調圧力と没入できなさ(「公的な」ミュージカル)を描きながら、もう一方でリズムの生成と没入(「私的な」ミュージカル)を主題にしている。ここでの差異は、それが規定されたものかどうかだ。

「あらかじめ」あるリズムに合わせて人々が踊るような場面は、セブにとって単なる予定調和、お約束でしかない。少なくともノレるものではない。そこにはエゴの相克がないからだ。

だからこそセブはメッセンジャーズの打ち込みのリズムに拒否反応を示すのだ。そこではもはやリズムはあらかじめfixされ、人々はそこにただ従うしかない。リズムが新しく生成されることなどないのである。

 

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共通言語とミュージカル

このリズムの隠喩は、例えば金銭という共通言語にも適応される。セブにとっては、共通言語は規定のものではなく、創られるものでなければならない。セブの金銭、金銭目的への嫌悪感は、要するに共通言語の規定性への嫌悪感なのである。

繰り返しにはなるが、すでにある共通言語に則ることではなく、あくまで自分のリズムを創り、主張し、それが結果として全体のリズムに昇華していくことが、セブのジャズであり、生き方であった。

結果として、そこにミアは惹かれるわけだし、セブに半ば強制的に促されることによってミアは脚本を書く/一人芝居をするという自分のリズムを見つけるのである。

公的な「虚構」のリズムにノレないミアが、自らのリズムを頑固に刻んでいるセブに出会い、そこでようやく自らが没入できる「虚構」を生成する。この映画の筋書きはそのように要約できるだろう。セブとミアは二人の間でのみリズムを共有できたし、「虚構」に没入できた。

ミアは、セブのメッセンジャーへの参加を否定的にとらえる。それはセブが「他人のリズムに同調しようとした」瞬間だからだ。セブにとってはそれはミアのためだったわけだが、仮にその「他人」がミアであったとしても、それはもはやセブのリズムではない。

ここでは、セブとミアのリズムもまた、完全に一致しているわけではない点が重要である。二人は結局別れてしまうわけだし、ミアの成功とセブの成功はそれぞれ微妙に矛盾するものとして書かれている。ポリリズムのように、ずれては一致するのが二人のリズムなのだ。

 

二つの「虚構」/虚構としての「虚構」

この映画では、公的なミュージカルと私的なミュージカルという、二つの「虚構」が対置される。その差異はリズムの生成(「セッション」)の有無である。

この映画の面白いところは、虚構対現実という二項対立ではなく、二つの「虚構」が対置されることだ。ミュージカルの予定調和なロマンスに着いていけず、疎外されるマイノリティがいたとして、結局彼らは彼らで自分なりの「虚構」/ロマンスを生成するだけであって、それも予定調和でしかないのだ。現実はどこにもない。どこまでも相対的な夢しかこの映画のなかにはない。わりかしアナーキーではないか。

 

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そして、最後のミュージカルシーンは比喩でなく本当の意味での虚構=嘘である。虚構として「虚構」(ミュージカル)を描いている。このミュージカルは「ありえたかもしれない」世界であって、だからこそ「ありえなかった」世界なのだ。セブがミアに着いていく未来があったかもしれないし、二人が結婚する未来があったかもしれない。だが、そうはならなかった。「ありえなかった」未来は、実に陳腐でわざとらしいドリーミーな演出で表現される。

この映画は、「いま、ここ」の現実ではなく、来なかった未来とか、ありえたかもしれない過去へと絶えず差し向けられている。女優として成功し、別の男と結婚し、子供を作った幸せ絶頂のミアには、常にセブという過去/虚構がとり憑いている

ミアのアイデアを採用して名付けられた「セブズ」において、二人のズレていたリズムは5年ぶりに一致する。だからこそ、ここには映画内で最大の虚構が生成されてしまわけだ。

 

まとめ

はじめて映画批評を書いてみたら難しかったしまとまらなかったが、メタフィクションが好きな僕にとってはところどころで楽しめるフックがあり、普通に楽しめた。あと監督の若干性格が悪い目線に対しては共感した。

これは本当に余談だが、女性に向かってアツくジャズを語り「夢を叶えよう」と語り合い、付き合ったにも関わらず結局別の男と結婚されてしまうセブには大槻ケンヂ的世界観というか、サブカル男の末路を感じて他人事感がしなかった。結局こうやって思い出になるだけなのだ(ちなみに観た後すぐに持っていた感想は「これ『秒速5センチメートル』じゃん」だった)。

…まあ、だからこそこの映画に否定的になる気持ちもけっこうわかる気はする。

 

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それにしても、監督とセブのジャズ理解を同一視するのは安易ではないだろうか。この映画は別にジャズ最高、みたいな内容ではないし、メッセンジャーズのような新しく、ポップな音楽を否定しているわけでもなかろう。そこにノレない奴もいる、という相対的な目線があるだけだ。

セブはむしろ意図的に「頑固で懐古趣味のジャズマニア」としてカリカチュアライズされていると思うから、そこは僕は特に気にはならなかった。まあジャズに興味がないせいもあるか。

 

さて、虚構とリズム、というテーマで長々とまとめてみたが、僕は映画のこともジャズのこともミュージカルのこともよく知らないので、結構的はずれなことを言った気はする。

もしそうだったとしたら、ぜひクールなジャズのことや、面白いミュージカルのことを教えてほしいと思っている。僕は無知だし頑固だが、セブがミアにしたように熱っぽく語られれば、ノレるかもしれない。

「正しくポップでなくてはならない」80年代ニューウェイブの奇妙な転倒

●1980年代当時、プログレッシヴな音楽をやろうとは考えませんでしたか?

 

僕自身はプログレッシヴ・ロックから影響を受けていることを恥じていなかったけど、 “ツァイトガイスト時代精神)”を理解していた。僕たちは時代と折り合いをつけながら、自分たちの信じる音楽をやってきたんだ。ギター・ソロは無しで、ドラムスは人間のドラマーが叩いていても、エレクトロニックに聞こえるようにしていた。ミュージシャンにとってのゴールはラジオやテレビでオンエアされることだった。僕たちはそのゴールに向かって、フォーマットに沿った音楽をやったんだ。(ニック・ベッグス。下線は引用者)

 

ニック・ベッグスは80年代のニューロマンティック系バンド、「カジャグーグー」のベーシストである。ベッグスの最近のインタビューからの抜粋でこの記事を始めることにする。

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(中央下がニック・ベッグス)

衣装と演奏 

さて、カジャグーグーはパンク出現後の80年代、ニューウェイブの波に乗ってデビューした。デュラン・デュランなどと同じく、見た目麗しい美少年ばかりが集ったバンドであり、俗にいう「ニューロマンティック」である。音楽に一番お金がかけられていた時代、MTVで放映されることもあってかやたらとPVにも力が入っていて、彼らはアイドル的売れ方をした。

一方でカジャグーグーのサウンドは、単に売れ線のアイドルバンド、というだけには留まらない魅力がある。ファンクに影響を受けたギターカッティング、シンセベースと同居しつつハッキリと主張するベースライン。その技巧と音へのこだわりは、80年代ポップスのお手本と言っても過言ではないだろう。シンセサイザーの音ひとつとっても単にキラキラしているだけではなく、聴覚すべてを快楽で満たさんとするかのように緻密にアレンジされている。

彼らの演奏は端的に言って「うまい」し、その楽曲は「製品としても作品としても」よくできている。

Too Shy - Kajagoogoo - YouTube

 

パンクはパラダイムシフトだったか?

ニューウェイブ系のミュージシャンは、一見素朴に見えてそのサウンドは技巧派/アヴァンギャルドであるというようなタイプは珍しくない。

たとえば、商業的にかなり成功したポリスを挙げることができるだろう。

 

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(左からスティング、コープランド、サマーズ) 

 

彼らがよく揶揄される言葉として「パンクのフリをして売れた」というものがある。まさしくそうだったのだろう。

ステュアート・コープランド(Dr)はプログレ出身で、隙あらばポリリズムを挟み込む細かいリズム・ワークは当然パンク的な単なる8ビートではない。初期ポリスのパンク+レゲエ風味はコープランドの意向によるものだったという。ジャズ畑出身のアンディ・サマーズ(G)にしても、単なるコードかき鳴らしではなく、空間系のエフェクターを多用し、アルペジオを中心としたサイケな音づくりを目指している。また後期の“Mother”のような明らかにプログレな楽曲においては、ロバート・フリップまんまのアヴァンギャルドなプレイを披露している(後に実際に共演している)。

上記二人の彼らの独創的かつ職人的なセンスに、スティング(Vo,B)のメロディセンスが加わることでポリスは広範な人気を得た。その意味で、まったく彼らは素朴なパンクなどではない。パンクっぽく見せていただけだ。

The Police - Walking On The Moon - YouTube

 

ニック・ベッグスに話を戻すとしても、彼はカジャグーグーの活動停止後ほとんどプログレ文脈で仕事をしているイメージがある。冒頭のインタビューの前編を見てみると、彼がプログレに多大な影響を受けていることが語られている。

最近だとスティーヴン・ウィルソンのソロへの参加で、マルコ・ミネマンのドラムと抜群のグルーヴを発揮していたのが、個人的には印象的である。

Steven Wilson 'Luminol' Live In Mexico City (HD) - YouTube

 

ポリスの面々にせよ、ニック・ベッグスにせよ、あるいはXTCにせよ、P-MODELにせよ、おそらくほとんどのニューウェイブ系のミュージシャンは、まず世代的にプログレフュージョン、あるいはクラウト・ロックといった実験的ロックの影響を否応なしに受けている。だからといって彼らがプログレだとは僕は思わないし、プログレが特別偉い音楽だとも思わないが、少なくともその残滓はその音楽の中で露骨である。

そんな彼らがパンクのフォーマットに従って音楽を製作していたのが、70年代後半~80年代なのである。それは、先ほどのベッグスのインタビューのなかでも述べられている。 

…1980年代にポップ・シーンで活躍したアーティストの中には隠れプログレ・ファンが多かったのですか?

 

うん、みんな先人から影響を受けてきたんだ。当時はそれを口に出すのは“クール”じゃなかったけどね(笑)。ハワード・ジョーンズはキース・エマーソンの大ファンで、エマーソン・レイク&パーマーハモンドB-3のサウンドを再現していたし、ニックはジェネシストニー・バンクスに傾倒していた。ゲイリー・ニューマンだってすべてが斬新だったわけではなく、プログレッシヴ・ロックから影響を受けていたんだ。ウルトラヴォックスのビリー・カリーはイエスのスティーヴ・ハウとプロジェクトを組んでいたこともある。みんなプログレッシヴ・ロックが好きだった。“おいぼれロッカー”を否定していたパンク・ロッカーだってそうだったんだ。ダムドのラット・スキャビーズはフィル・コリンズのファンだったよ。(ニック・ベッグス)

さて、パンク以後のこの時代に勃興したほとんどの音楽は、(ディスコやメタルも含め)産業的な面すら帯びた「きらびやかさ」を持っていた。演奏の素朴さはテクノ/シンセ・ポップのチープさと合流した。パンク以後とパンク以前で変わったのは実際的な意味としても隠喩的な意味としても衣装であり、実際のところ音楽的には陸続きである。

(一方でパンク精神を受け継いだバンド――いわゆるポスト・パンク――はアートを志向し実験音楽に接近していく。全員が楽器素人であったワイアーは、「ロックでなければ何でもいい」を標語に、2nd以降ピンク・フロイド的なアトモスフィックな方面へ舵をきってアヴァンギャルドになっていく。これはロンドン・パンクというよりはニューヨーク・パンクのアンダーグラウンドさを引き継いでいる。

practice make perfect WIRE Rockpalast 03/18 - YouTube )

 

個人的には、素朴で下手でアナーキーなサウンドこそが大衆性と結びつくというパンクの定義自体、一種の幻想であると思う。有名な話だが、そもそもセックス・ピストルズからして、彼らはパンクとしてプロデュースされ、当然スタジオ音源は聴きやすいように加工されていた。おそらく、(少なくともロンドンで)パンクは初めから単なる製品だった。他のあらゆる流行がそうであるように、パンク・ブームもまた作られたものであって、素朴などではまったくない。そこで生まれる情感もエモさも初めから譜面に書かれており計画通りである。

だからこそ、ニューウェイブよりさらに後、ほんとうの意味でのパンクとか、本来の意味での素朴さとかをとりもどそうとして、多様なバンドが現れたのだ。 

 

「正しくポップでなくてはならない」

パンクはたしかにパラダイムシフトを生じさせたのかもしれない。だが、それはパンク以前以後において、本質的な音楽的断絶を意味しない。

ニューウェイブのバンドは、パンク以前の音楽性を多少なりとも引きずりながら(隠しながら)パンクを装っていた。それはなぜかと問えばそれは当然売れるためである。ベッグスが証言する通りだ。

……が、もう少し考えてみよう。彼らはなぜパンクを装う必要を感じたのだろうか?

 

パンクで重要だったのは、それがひたすらにポップであったということに尽きる。パンクはライブハウスでみんながノレる音楽であり、真似しやすい形式であった。言ってみればパンクは一種のイージーリスニングだった。当然否定的な意味ではなく。

そう考えると、パンクが生んだパラダイムシフトとは、音楽的なものというより、そのパッケージに関する問題にならざるをえない。つまり、先ほども述べた通り衣装でありファッションである。パンクはロックの音楽性を変えたのではなく、ポップさの定義を変えたのだ。何を今さら、という話だが、これが重要なのだと思う。

パンクの影響下にあって大衆性を目指すミュージシャンは、正しくポップでなければならない。正しいポップさとは何か? すなわち、素朴であり、チープであり、アナーキーであることだ。それだけがポップである。パンクは下手でチープで、だからこそポップでなければならない。その強迫観念のもとで、ニューウェイブのミュージシャンは音楽を作っていた。パンクの磁場がここにある。パンクは強固な規範として、正しくポップであることを命じる。

 

その意味で、XTCの楽曲“This is Pop?”はその状況に対する鋭利な批評である。

 

www.youtube.com

 

What do you call that noise

That you put on?

This is pop!

 

パンク以後の音楽のなかにある奇妙なねじれの原因とは、まさにこのパンクの磁場であり、同調圧力にあった。パンクが残した爪痕は、ポップとは「素朴で」「チープで」なければならないという規範である。

この時代、ミュージシャンがポップさを目指すにあたって(それが幻想だったとしても)ある種のパンク精神(DIY)としての「チープさ」「素朴さ」を演出しなければならなかった。それがベッグスのいう「フォーマット」である。このフォーマットを外側からさらにひっくり返すことは彼らには不可能であり、その内側で、規範意識自体の解釈を変容させていったのである。

 

それはエイジアやイエスといった旧来のプログレ集団すらも巻き込んでいる。彼らは露骨にパンクに接近するような真似はしていないが、明らかにその音づくりは以前よりも一種の「軽さ」を志向していた。

サウンドの軽やかさ、チープさこそが「ポップ」の条件だったのだ。だからニューウェイブは自らがチープであるフリをしなければならなかった。この時代のもつ奇妙な転倒とズレがここにある。

 

 80年代ニューウェイブの奇妙な転倒(ずれ)

だいたい言いたいことを書いたのでこの辺で終わりにする。

90年代生まれの僕にはこの時代のサウンドのリアルさはいまいち伝わってこないし、実際の皮膚感覚的なことはわからない。

しかし、(だからこそ?)僕の耳にはこの80年代ニューウェイブが実に奇妙に聞こえる。なぜなら彼らの音楽は「やりたいこと」と「やっていること」、もう少し言うとサウンドとパッケージ、思惑と身体性がずれているからだ。

それは僕にはパンクの磁場のうちで悪戦苦闘しているように見える。正しくポップでなくてはならない状況下で、いかにポップさを批評的にとらえ、変容させていくかが、恐らくニューウェイブのミュージシャンにとって重要だったのではないか。

おそらく、冒頭で引用したニック・ベッグスのいう“ツァイトガイスト時代精神)”とは、このことを指しているのだ。

 

何事においてもこのずれの感覚を大切にしたい。

無国籍80年代ポップ特集セットリスト

ツイキャスで主に80年代ロックで民族っぽいニュアンスがある曲を流してDJみたいなことをやってみました。セットリストをアップします。

 

後半は特にリズムに注目して選曲してみました。

 

入場/途中BGM

Kraftwerk/Computer World

David Bowie/Speed Of Life

Devo/Freedom Of Choice

YMO/Behind The Mask

 

導入編 民族っぽい曲

XTC/Poor Skelton Steps Out

Japan/Vision Of China

The Police/Walking In Your Footsteps

Tom Tom Club/Genius Of Love

 

リズム編

ジャングルビート編

David Bowie/Sound And Vision

ToTo/Africa

P-MODEL/Licorice Leaf

XTC/Don't Lose Your Temper

久石譲/Kids Return

 

ポリリズム

Talking Heads/I Zimbra

The Police/Reggata De Blanc

坂本龍一/Thatness And Thereness

King Crimson/Frame By Frame

King Crimson/Thela Hun Ginjeet

 

電波の関係か、ぶつ切れになってあまり聞こえなかったみたいで申し訳なかったです。

次はニコ生で試してみます。

 

では。