読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

大津波では救いがたい

思考の総括と分解

P-MODEL『ワン・パターン』評

ニューウェイブ 音楽 サブカルチャー

航路通です。さらっとP-MODELのアルバムレビューを書くつもりが半月近くかかる難産になってしまいました。長いので興味があるところだけ拾い読みしていただけたらいいなと思います。

 

ワン・パターン(紙ジャケット仕様)

ワン・パターン(紙ジャケット仕様)

 

※現在は廃盤。僕はiTunesで買いました。

 

P-MODELといえば日本のテクノ・ポップシーンにおける最古参のバンドのひとつであり、平沢進率いるカルト・パンクバンドである。
本稿は、そのP-MODELが凍結以前に最後に製作したアルバムである7th『ワン・パターン』(1986)をとりあげる。

 f:id:satodex:20170314003557j:image

 

中期P-MODELの変遷

2ndでテクノ・ポップを封印し、3rd『ポプリ』(1981)以降ポスト・パンク的な前衛手法を選ぶようになった中期P-MODELは、初期からの差別化として深く淀んだリヴァーブ(反響)を追求していた。それは4th『パースペクティブ』(1982)や5th『アナザー・ゲーム』(1984)などに顕著だ。

P-MODEL - Perspective

 

しかし、P-MODEL名義でありながら実質平沢進のソロであった『SCUBA』(1984)では、それまではサウンドを盛り立てる効果として用いられていたサンプリングやドラム・マシンの全面使用が解禁され、強烈なスネアの音と同時にチープかつ乾いたリンドラム的な音が多用された。それ以降「凍結」までのP-MODELにおいても、スネアの音とリヴァーヴへのこだわりは健在ではあるが、それまでに比べればやや鳴りを潜めている感がある。

そしてそれに伴い、P-MODELはそれまでの暗く密室的なモノクロの音像から、今の平沢進にも通じる無国籍ポップの極彩色へと舵を切る。それまで実験的な手法しか許さなかった禁欲的なP-MODELの音像に色が与えられ、様々なポップな手法や歌モノ的なアプローチが取り入れられるようになった。平沢進の「テクノ/ポップ」への過剰な忌避感がやや薄れたと言ってもいいだろう。

横川理彦の参加した6th『カルカドル』(1985)で、そのポップ成分は開花している。

P-MODEL - Leak

 

そして今回取り上げる7th『ワン・パターン』(1986)においても、『カルカドル』と同じくドラム・マシンやサンプリングを多用した不可思議ポップスな音像が作られているわけだ。しかし横川理彦・三浦俊一の脱退/中野照夫・高橋芳一の加入により、また前作とは違った色を見せたのが『ワン・パターン』なのであった。

さて、しばしば中期ということで括られがちな80年代P-MODELだが、『SCUBA』を分岐点としてかなり大きく変遷していることを、後追いのファンである自分としてはぜひ押さえておきたい。80年代のP-MODELにおいても打ち込みは用いられていた。

しかし、あくまで生演奏できることを前提にしたこの時期の楽曲群は、生楽器・ドラムマシン・サンプリング音源が混交した無秩序な様相を呈している。今からそれについて書いていこうと思う。

 

各楽曲

各楽曲の印象をまとめよう。※YouTubeで聞けるものはリンクを貼っておいた。

1.OH MAMA!
2.Licorice Leaf
3.Astro Notes
4.メビウスの帯
5.Drums
6.Zebra
7.おやすみDog
8.Another Day
9.ハーモニウム
10.サンパリーツ

 

平沢進(Vo,G,Key)

中野照夫(Vo,B,Key)

高橋芳一(Systems)

荒木康弘(Dr)

 

1.OH MAMA!

P-Model - Oh Mama!

アルバム冒頭から、勝ち誇るような派手なシンセ・ブラスのリフに度肝を抜かれる。「平沢進節」とでも言えるだろう。メジャースケール丸出しというような明るいリフから内省的なAメロに移り、一気にサビで展開する構成は平沢ソロにも通じている。歌詞の内容は“Big Brother”的で、母性の支配とそこから逃れようとする夢の物語だと思う(「夜=隠れ家=眠り」と「朝=籠の中=夢のあと」の対置関係)。一種のユートピアとしての「眠り」は、『SCUBA』から現在に至るまで平沢進に一貫したテーマである。

平沢の好みだと思うが、このアルバムの楽曲では打ち込みの音は打ち込みとわかるようなチープな音像で用いられている。たとえばこの曲で言えば、リフのリズムの裏で忙しなく刻まれる「カタカタカタ」という音や、三拍目の「カーン!」という間抜けな金物の音。打ち込みだからこそ可能になったチープさだ。

そのほか、たとえばサビ部分の単純な裏拍スネアやギターの極端にショボい音などに「チープさ」へのマニアックな嗜好が現れている。この居直った諧謔はアルバム全体に通じている。

中野照夫の変則的なベースや、荒木康弘のリズムパターンも光るものがあり、ライブでも映える曲だった。なお、中間部の女性コーラスはライブにおいてはカセットを入れて再生するという非常にアナログな手法によって再現されており、当然融通が効かないので生ドラムと合わせるのが困難であったらしい。

 

2.Licorice Leaf

P-MODEL - Licorice Leaf

7thから加入した中野照夫による楽曲で、歌も中野が歌っている。僕はこの曲がこのアルバム、あるいは中期P-MODELを象徴するような曲だと思う。

生のドラムの音と打ち込みの音が混交した騒がしいリズムの音、"Jungnle BedⅡ"や"Holland Element"で用いられたジャングル・ビート的なダンサブルなリズムとパーカッションの音が耳につく無国籍/エキゾチックな作りであるが、何と言ってもリフの怪しげな雰囲気が印象的である。シンセ・ストリングスの怪しい音を多用する中野の作風は『アナザー・ゲーム』辺りを彷彿とさせる。

開き直ったような明るいサビ部分は底抜けに爽やかで、かえって不気味なほどであるが、この妙な子供っぽい明るさというのは後述する通り“メビウスの帯”、“サンパリーツ”にも共通する中野の作風で、平沢進にはない要素だったかもしれない。

平沢進といえば増四度を多用する傾向にある(ドに対するファ#の関係。いわゆる不協和音で、おそらくプログレ時代から引き継がれた。ホールトーン・スケールの多用、セブンスの多用などにそれが現れている)が、それは中野にも引き継がれており、リフはいきなり増四度から始まる(この場合、リディアン・スケール)。

そのようにこの時期のP-MODELの楽曲をパロディしているかのような風情があるのにもかかわらず、特徴を純化していった結果なのか、今までのP-MODELにはないような新鮮さを感じさせるのが不思議である。平沢進にはないクールな明るさがあるのが中野照夫の才能といったところだろう。

一方、間奏部のフレーズを切り貼りしたギターソロ(?)は、ギターへの愛など全く感じさせない、平沢進ならではの奇天烈フレーズで、中野の才能に負けていない。後ろで鳴るトロピカルなベルの音は『カルカドル』の要素(“Hourglass”で用いられていた)である。

さて、この曲では「ポコポコ」というパーカッションのような音が入っているが、これはライブにおいて平沢進MIDIギターで再現していた。当時のMIDIギターは技術的に未熟で、不具合で楽曲が中断されることも多かったようだ。平沢進の近年のインタビューでは次のように語られている。


HS〔平沢進〕:あの頃は意外性を狙ってギターでパーカッション・ソロをやってましたが、リズムものは音の遅れが致命傷になりますよね。それでもやってたんです。ライブの後に「ヒラサワさん、今日はテープの調子おかしかったですね」と言われてショックでした。
〔インタビュアー〕:(笑)
HS:逆に、ギターからパーカッションの音が出てるとは思われなかったということですが、じゃあ私はあの時一生懸命何をやっているように見えたのかと、拍子抜けしました(笑)
〔インタビュアー〕:(笑)パソコンも8bitの頃ですものね。
HS:でもまぁ、ギターシンセをライブで使うことを想定して作った曲もあって、それの為にしばし使ってましたけどね。それでも、上手くいく事はめったにないんですけどね。

 

http://www.ikebe-gakki.com/web-ikebe/gj_hirasawa-susumu-interview/

この時期の平沢進は打ち込みの音を生演奏で再現するのに心血を注いでいたようだが、90年代半ばになると煩わしい生演奏を排した「すべて打ち込み」へと転換していく。

 

3.Astro Notes

ロック的な歪んだギターのリフとゴムのような感触のベースが開幕を告げる、 P-MODELとしては異色な楽曲。不安定でマイナー調のAメロからアコースティックなギターの響きのBメロに移行し、伸びきった左右に振られた音が上がったり下がったりする気だるい打ち込みパートへと進行する、展開が読めない楽曲。ミクソリディアン・スケール(ドレミファのシをシ#にしたもの)が用いられており、やや神秘的な雰囲気を醸しているが、スケールが一定ではないので非常に不安な印象を与える。

歌詞の内容は、危険な探検に赴いた調査団といったような内容で、乾いた描写で鬼気迫るのだが抽象的であり、明確な意味は伝わらない。

曲名は60年代に日本でだけヒットした稀有なエレキ・バンドであるThe Astronautsから着想を得たのだろうか。

The Astronauts - Movin' 太陽の彼方

(余談だが、平沢進のサウンドにはかなりエレキ・ブームの影響が色濃い。リヴァーヴへの異様なこだわりも、おそらくポスト・パンク的なアプローチ以前にベンチャーズだったのだと思う。また同時期のバンドとしてはヒカシューもその影響が大きく、日本のニューウェーブとエレキの関係もまた考えられるべきなのかもしれない)

 

4.メビウスの帯

中野照夫作、歌も中野。分厚いシンセ・パッドの上に笛のような軽快なメジャー・スケールのメロディが乗る可愛らしい曲。おもちゃ箱をひっくり返したようなサイケな雰囲気があり、強いて過去作でいうなら“BIKE”あたりに近い。サビでやけっぱちのようにポップになるのは“Licorice Leaf”とつながる中野の作風かもしれない。

サビの後のリヴァーヴがかかったギターの音には、やはり平沢進のルーツであるエレキ/サーフ・ミュージックな癖が出ている。エレキ−サイケ−ポスト・パンクに通ずるのはリヴァーヴへのこだわりなのかもしれない。

The Atlantics - Turista

※オーストラリアのマイナーなエレキ・バンド、アトランティックスの楽曲。P-MODELがライブで演奏していたり、平沢進がカバーしていたりと、平沢のルーツとしてかなり存在感がある曲。“美術館で会った人だろ”に近いフレーズも入っている。


5.Drums

P-MODEL - Drums

強めにエコーがかけられたギターのアルペジオに打ち込みの行進曲的なドラムが入り、シンセ・ストリングスのメロディで進行していくこれまたP-MODELらしからぬ楽曲。オーケストラを打ち込みでやってみました、のような感もあり、つぶやくような素朴なボーカルとメンバー全員での合唱になんとなく童謡のような牧歌的な雰囲気がある。“Goes On Ghost”あたりに近い雰囲気か。

“金星”でもそうだが、平沢進はこういったギター・プレイでは弦の擦れる音を大きく入れる癖がある(普通は削除する音なのだが)。どこかしらヒーリング的な要素もあり、アルバム中で最も平沢ソロに近い楽曲だろう。

 

6.Zebra

P-MODEL - Zebra

この辺りからB面といった感じだろうか。アルバム中でも随一に爽やかな歌モノで、いわゆる「メジャー一発歌い上げ」である。「解凍」P-MODELのテーマ曲となっていたり、アニメ『妄想代理人』オープニング“夢の島記念公園”でセルフ・パロディされていたりと、何かと平沢進お気に入りの楽曲という感じがあるが、“Fish Song”、“Frozen Beach”と同じような曲構成であり、平沢進の素地がよく出ている。キーはCであり、メインのメロディは非常に単純なドレミファソラシドで出来ている。広大な草原を思わせる歌詞も相まって、バンド感が非常に希薄だ(元からだが)。

Bメロのやや暗いパート(音が上下するパート)では分厚いシンセ・パッドの音が用いられているが、ここの上昇音ではまた増四度がひょっこりと登場している一方、ソロ部分ではA♭が用いられ減六度を形成する。平沢進はこの減六度(もしくは増五度)を「ピラミッド音階」と呼んでいたようだ。ソロでは“山頂晴れて”などで用いられている。

一方でメジャー一発の単純なメロディを作りながら、間奏部分でこのように怪しげなコード進行を採用するのは計算なのか皮膚感覚的なものなのかよくわからないが、とにかくそれでも普通に聞かせるのが平沢進の楽曲の説得力というところだろう。

ライブでは笛のような音がMIDIギターで演奏されており、中間部のソロもギターで演奏されていたようだ。


7.おやすみDog

P-Model - おやすみDog

各所にサンプリングが用いられたシニカルな一曲。16ビートの性急なシンセ・ベース(普通ならシーケンサーを用いるだろうが、このフレーズでさえライブでは中野照夫によって手弾きされていた)が印象的である。『ワン・パターン』全体の作風のまとめとも言える曲で、牧歌的なリフ→伸びやかなAメロから突如として無音階の棒読みのサビに入っていく。「寝た犬起こすな、寝た犬起こすな」と連呼する部分はなかなかにシュールだ。

決して単に「アヴァンギャルド」なのではなく、かといって一辺倒に「ポップ」なのでもなく、犬の遠吠えを真似たようなヴォーカルや間奏部の犬の鳴き声など、「ポップさ」を茶化しているような雰囲気すらあり、初期とはまた違った形で「テクノ・ポップ」としての新しい境地を開いた楽曲ではないだろうか。

 

8.Another Day

P-MODEL - Another Day

P-MODELとしては何もかも異色な楽曲。PVが作られているのも珍しいが、これだけコードをジャカジャカと弾きまくり、バンド・サウンド的にできている楽曲はこの時期のP-MODELとしてはありえない。行き詰まった末の楽曲であると言えるかもしれない(実際この楽曲はほとんど一発録りに近い雰囲気で製作されたらしく、「セッション」感が非常に強い)。

打ち込みも用いられているものの、ドラムはアルバム中で最も生感が強く、ハイハットの刻み方などに荒木の素直なプレイを楽しめる。一方でシーケンサー的なフレーズも使われている。

非常に爽やかで、歌謡曲にも近いような歌ものだ。コード進行はやや変わっていて、この楽曲でキーになるのは“Zebra”のソロ部分と同じくA♭だろう。イントロ/サビはC→A♭の繰り返しであり、典型的な「ピラミッド音階」だ。高音域と低音域を行ったり来たりする大仰なシンセ・ストリングスの高揚感はこの減六度の進行からきている。

また、珍しさという点では、平沢進の棒読みのセリフ・パートがあるのも中々に異色である。


9.ハーモニウム

P-model - ハーモニウム 

テンションの高い楽曲が続いたところで、やや落ち着いた雰囲気の楽曲だが、おそらくアルバム中で最も不思議な楽曲である。“Astro Notes”とやや近いか。これまでのがP-MODELの楽曲で言えば、“Floor”をさらに不条理にした感じかもしれない。

不協和音を繰り返すシーケンサーの粒だった感触、シンセ・ブラスの実にチープな感触、童謡じみた歌メロ、単純な4/4のベースパート…に分厚いストリングスが乗っていく。ファンタジーRPGのような感触さえあるが、スケールが一定ではなく、ホールトーンとメジャーを足したような不安定な進行で、聞いていて先を予想できない。それぞれのパートをコラージュしてできているように感じられる。

かといって不気味一辺倒でもなく、歌部分にはそれなりに叙情的な雰囲気があり、楽曲全体を一体どうしたいのか全くわからない。中間部の左右に振られたシンセ・ブラスのソロ(?)における不協和音めいた不気味な進行にそれが現れている(なぜかYMOの“technopolis”を思い出してしまったが)。この楽曲におけるチープさは、ポップさなのか、叙情性なのか、アヴァンギャルドなのか、とにかく決定できない不条理がある。


10.サンパリーツ

P-MODEL - サンパリーツ

アルバム最後を飾る楽曲、中野照夫作詞作曲。「杉並児童合唱団」なる合唱団の児童たちによる「おー、サンパリーツー」という声をサンプリングしている。平沢進はそれなりに気に入っていたようで、ライブで観客に「サンパリーツ」を言わせて遊んだりしていたようである。

怪しげなストリングスフレーズ(ちなみにこれも増四度)と開放感のあるフレーズを行ったり来たりするという“Licorice Leaf”路線の曲だが、口笛のような軽いフレーズと呪文じみた歌メロの対比が印象的であり、中野照夫の(ミック・カーンに影響を受けた)フレットレス・ベースの響きを楽しめる楽曲でもある。

 

「ポップ」なのか「前衛」なのか?

さて、長々と楽曲それぞれについて取り上げてきた。僕の分かる範囲で理論的なことも書いたつもりだ。

このアルバム全体をまとめる印象としては、僕はまず前置きとして書いた記事がある。

 

searoute.hatenablog.com

 

長いので別に読まなくてもいいのだが、僕はこのニューウェイブの話を、実はこの『ワン・パターン』評の前段階として書いていた。要約すると、ニューウェイブにおいては、パンクからの影響で、「チープ」で「軽い」音楽こそが「ポップ」である、という価値観が生まれていたのではないか。実際のところ普通に技巧的であったり職人的であったりするものであっても「軽薄」な衣装を着て宣伝されていたのではないか、という話である。

それは初期P-MODELにおいてもそうだった。“美術館で会った人だろ”などは、ホールトーンスケールを多用したプログレッシブな楽曲でしかないが、テクノな音色と衣装でポップだと思われていた。

 

上の話と鑑みて『ワン・パターン』が面白いと思うのは、それが単に大衆を騙す衣装として機能していた初期P-MODELから、さらに一歩進んだ別なる「テクノ・ポップ」へと、到達しているように思われるからだ。

ところで、しばしば『ワン・パターン』は「中途半端な」アルバムと言われている。確かにこのアルバムは“Oh Mama!”や“Zebra”、“Another Day”のような歌ものを除けば実に地味な仕上がりであり、平沢進本人も出来に不満があったようだ。

このアルバムには『パースペクティブ』のような実験へとただ突き進んでいく禁欲的な態度もなければ、逆に開き直ってポップネスに接近した『SCUBA』のような開放感もない。

しかしこの中途半端こそむしろ僕には不思議に感じられる。一体どうしてこんなことになっているのか? 単に行き詰ったと考えてもおかしくはないが、僕はこの中途半端自体が、「アヴァンギャルド」/「ポップ」という対立自体に対する批評として機能してはいるように感じたのであった。その二項を同時に満たしながら逸脱する手法こそがここでの「チープ」への着目なのではないだろうか。

ここでのチープな打ち込みは「軽さ」を志向し、ポップな意匠に仕上げられている。それは他のニューウェイブの場合と同じだし、その軽さを忌避していたのがいわゆる中期P-MODELだった。

しかし今作で、打ち込みのチープさが単純に(初期テクノ・ポップのように)かわいらしいキッチュさやポップさに終始しているかといえば、決してそういうわけではない。打ち込み要素は、むしろ聞いている中で随所に違和感として残るようにも作られている。この両義性が不思議なのだ。

中野照夫の楽曲において顕著だと思うが、子供じみた可愛らしいポップさは、ここでは同時に子供特有の狂気にもなってしまっている。チープさは、不気味とポップのはざまにあるのだ。

ポップのための素朴さなのか、不気味のための素朴さなのか。どちらが手段でどちらが目的なのかここでは決定できない。たぶんこれは、中途半端なのではなく決定不可能なのである。

 

手違いとしてのテクノ・ポップ

ポップなのか、アヴァンギャルドなのか? これらの二択は、『ワン・パターン』において決定できず、また、これらは渾然一体になっているわけでもない(「前衛的なポップス」ではない)。この両者が同時に提示されるにもかかわらず、それらは一致せず、ひたすらにズレてしまうし、その違和感は放って置かれてしまう。

このズレ自体を明確に提示できたニューウェーブバンドを、少なくとも日本では、僕は他に有頂天くらいしか知らない。


ここでのやり口は、「中途半端」と形容されてしまったように、ともすれば単なる間違いである。単純に聞きやすくするために作られてもいなければ、逆に実験のために作られたわけでもない。どちらに的を絞ったとしても、やり方として間違っているし、どちらにせよ何かしら手違いが発生している。手段と目的がもはや明確ではないような誤った次元に『ワン・パターン』は置かれている。

そして、そもそもテクノとはそういうものではなかったのだろうか。クラフトワークとはそういった存在だったはずだ。彼らは当時非常に先鋭的だった電子楽器をなぜかポップ・ソングを作るために用いた。この誤解であり、手違いこそがテクノ・ポップを生んだのである。その意味で『ワン・パターン』は、解凍期とは全然違う「テクノ・ポップ」の優れたアルバムなのだ。

 

平沢さん、ポップをどうする気ですか

僕がこのアルバムを聞いた時の印象は「どうする気だ」である。“ハーモニウム”の箇所に書いたが、一体どうしたいのか全くわからなかった。とりあえず手当たり次第その辺の棚を開けまくったら色々出て来ました、というような感じすらある。

改めて聞き返しても、特に平沢進の曲は不条理な楽曲が多い(“Astro Notes”、“Drums”、“おやすみDog”、“ハーモニウム”あたり)。初期平沢進ソロもそうだが、ここでどうしてその音が入るのか、と疑問に思わざるを得ない部分がたくさんあり、しかし何も考えず聞いているぶんには素通りできてしまうのが、変なところである。特に歌ものの完成度だけでいえば普通に平沢ソロに通じる完成度なのだ。

中野照夫は、平沢進にわざわざ寄せなくてもある程度平沢と近いような不思議なセンスの持ち主で、もう少し平沢進と共作して欲しかった。この後に予定されていた『モンスター』というアルバムの製作が頓挫したのは実に惜しい。その後平沢進がバンドでの音楽製作を放り投げたのも、わからなくはないが、僕としては面白くないなあと思う。

90年代のP-MODEL平沢進のプロデュースを中心にしたある種の企画というか、あるコンセプトの下で一定期間活動するユニットであり、「平沢進がテクノをやる際に用いる別名義」のような形になっていたから、そちらに関しては僕は全く違うアタマで聞いている。

だから、7枚目のオリジナルアルバムである『ワン・パターン』(1986)は、バンドとしてはP-MODELの「最後の」アルバムであると僕は思うのだ。

 

さて、僕はこの「ポップ」をいじくりまわすみたいな音楽が好きである。アルバム一枚に一万字近くかけてレビューを書くのは非常に骨が折れたのでもう絶対にやりたくないが、また疲れが癒えたら別のアルバムでもレビューを書こうと思う。

 

二つの「虚構」/リズム(『ララランド』評)

映画 サブカルチャー

 

あまり映画を観ないのだが、2週間ほど前にTwitterのフォロワーと会う機会ができ、せっかくなので映画を観ようと『ララランド』を観た。

 

f:id:satodex:20170306011704j:plain

 

観たあとになるまで『ララランド』が話題作であること、『セッション』の監督の作品であることなどは知らなかったのだけれど、率直に言って結構楽しめた。二回目を個人的に観に行ったくらいだ。

しかし、Twitterを見ていると結構賛否両論という感じらしい。否定的なものとしては、脚本やらカメラワークが陳腐、とかミュージカル理解/ジャズ理解が乏しい、とかいった意見をよく見る。

僕は映画もミュージカルもジャズも門外漢なので、その評価ついてはピンとこない。菊池成孔の本でも一冊読めばわかるのかもしれない。 

まあ、せっかく久しぶりに映画を観たので、以下に、僕が面白いと思った点をまとめておく。

当然ネタバレを含むから、気になる人は観てから読んでほしい。

 

「ミュージカル」の違和感

おそらくこれはある程度の共通認識のはずだが、『ララランド』はメタミュージカル映画だ。少なくとも、「ミュージカル要素を入れて、ハリウッドの夢を追う純粋な若者を追いました」みたいな愚直にハートフルな映画だとは僕は思わなかった。

先に断っておくが、そもそも僕はなんとなくミュージカルに対する違和感を持っている。なんで急に歌いだすのかよくわからないからだ。

今まで普通に筋書きを追っていたのに急に曲が始まり歌い出し、こちらはそれを登場人物の心情描写なのか何なのか「そういう表現なんだな」と思って腹の中で了解して着いていかなければならない。急に虚構の世界に連れていかれる感じというか、その「お約束」を強いられる気がして苦手なのだ。フィクションの同調圧力、とでもいうのか。

その違和感は妥当ではないのかもしれないが、『ララランド』は、そういったミュージカルが(というより「虚構」が)一種の同調圧力であることに自覚的であると思う。

一番初めの渋滞の高速道路のシーンで、ララランドの住人たちはみんなそれぞれのカーステレオで好き好きに音楽を聴いている。ところが音楽が流れはじめ、女性が歌い始めると、住人たちはみんなそれに合わせてフィクションの世界に駆り出される。

画面上には同じリズムで楽しげに踊る人々が映され、それ以外は画面から排除されてしまう(渋滞していない道路の車はそ知らぬふりで普通に走っているが)。踊っているところはまったく映らないが、セブもミアもこの渋滞に同じく巻き込まれていたはずである。

f:id:satodex:20170306040742j:plain

次のミュージカル・シーンは、パーティのシーンである。ミアとルームメイトたちが連れ添って楽しげにパーティに行き、「自分を見つけてくれる『誰か』」を探す。

ミアとルームメイトは初めこそ楽しげにミュージカルを演じるわけだが、実際会場についてみるとミアはそのノリにどこか違和感を覚えてしまう。それをミアは「『誰か』ではなく『私』を」探したい、と語ることで表出する。

そこで一瞬音楽はストップする。ミアは画面からいなくなり、その後でまた楽しげな音楽が再開する。

 

こうして見ると、この映画においてはミアもセブも、ミュージカルのシーン(虚構)であろうと実際に音楽が鳴っている場所であろうと、大勢とともにそれを同時に楽しむシーンがほとんどないことに気づく(それらしき箇所はジャズバーでセブが演奏している場面くらいか)。

どころか、この映画の主人公たちは、その鳴っている音楽とそれを楽しむ聴衆に没入できず、メタ意識=違和感を覚える描写のほうが多い。パーティでセブが80年代ポップスを演奏するシーン、ミアはポップスで踊る人々を茶化しているし、メッセンジャーズのライブシーンで戸惑うミアのシークエンスはこの「違和感」をよく表している(個人的にだが、好きなバンドのライブでも僕は「没入できない感じ」を味わうことが多いのでよくわかる)。

 

主人公二人が気持ちよく「虚構」の世界に没入できるのは、主人公二人の間の関係においてミュージカルが成り立っているときだけである。

つまりこの映画でのミュージカルは、主人公たちが入り込めず、違和感を覚えてしまう公的な「虚構」と、主人公たちがお互いの間だけで生成し、耽溺することができる私的な「虚構」の二つに大別できるはずだ。

セブとミアが初めにミュージカルを生成するシーンにおいて、二人はお互いのリズムを確認するかのように靴を踏み鳴らし、踊っている。そこで初めて彼らはミュージカルを生成するのだ。

 

f:id:satodex:20170306013151j:plain

 

さて、ここでの公的な「虚構」とは、すなわち「ララランド」全体を支配している圧力でもある。女優なり俳優なりがこの街で成功するためには、少なくとも正攻法としては「誰かに気に入られる」(パーティ)か、「誰かを完璧に演じる」(オーディション)しかない。それができない人間はふるいにかけられてしまう。道路の渋滞のように人々はずっと「誰か」が訪れるのを待つしかないのだ。

この映画は、その渋滞をいかに迂回するかを描いているのではないだろうか。

 

リズム、グルーヴの生成と解体

上記の問題をより端的に表す隠喩を選ぶなら、テンポ、あるいは「リズム」であろう。『ララランド』はリズムの映画である。

「公的な」虚構において、人々はある一定のリズムに合わせて踊り、ミュージカルを形成する。キメのシーンでは誰もが一律に同じ動作でリズムに合わせる。それを支配しているのは一定の社会的コード、共通言語だ。

リズムというひとつの共通言語。それに基づいて人は踊るが、そこにノレず違和感を覚える人は、つねに疎外されてしまう。

ここでセブのジャズ理解が批評的になる。セブにとってのジャズは、リズムの奪い合いであり、エゴのぶつけ合いである。これは『セッション』のジャズ理解とも通底する(僕はここでそのジャズ理解が妥当であるかはとくに問わない)。

さらに、セブはジャズを同じ言語を持たない人の間でも可能なコミュニケーションとしてとらえていた。私的なリズムの主張の相克が全体のグルーヴを生成する。それがセブにおけるジャズなのである。

 

f:id:satodex:20170308001941j:plain

 

ここでのジャズが『セッション』と異なるのは、『セッション』はもはや全体のグルーヴが解体されるかのようなリズムの奪い合いが主眼だったのに対して、『ララランド』はむしろグルーヴの生成の条件としてリズムの相克が据えられている点だと思う。

この映画は一方でリズムのもつ同調圧力と没入できなさ(「公的な」ミュージカル)を描きながら、もう一方でリズムの生成と没入(「私的な」ミュージカル)を主題にしている。ここでの差異は、それが規定されたものかどうかだ。

「あらかじめ」あるリズムに合わせて人々が踊るような場面は、セブにとって単なる予定調和、お約束でしかない。少なくともノレるものではない。そこにはエゴの相克がないからだ。

だからこそセブはメッセンジャーズの打ち込みのリズムに拒否反応を示すのだ。そこではもはやリズムはあらかじめfixされ、人々はそこにただ従うしかない。リズムが新しく生成されることなどないのである。

 

f:id:satodex:20170308001212j:plain

 

共通言語とミュージカル

このリズムの隠喩は、例えば金銭という共通言語にも適応される。セブにとっては、共通言語は規定のものではなく、創られるものでなければならない。セブの金銭、金銭目的への嫌悪感は、要するに共通言語の規定性への嫌悪感なのである。

繰り返しにはなるが、すでにある共通言語に則ることではなく、あくまで自分のリズムを創り、主張し、それが結果として全体のリズムに昇華していくことが、セブのジャズであり、生き方であった。

結果として、そこにミアは惹かれるわけだし、セブに半ば強制的に促されることによってミアは脚本を書く/一人芝居をするという自分のリズムを見つけるのである。

公的な「虚構」のリズムにノレないミアが、自らのリズムを頑固に刻んでいるセブに出会い、そこでようやく自らが没入できる「虚構」を生成する。この映画の筋書きはそのように要約できるだろう。セブとミアは二人の間でのみリズムを共有できたし、「虚構」に没入できた。

ミアは、セブのメッセンジャーへの参加を否定的にとらえる。それはセブが「他人のリズムに同調しようとした」瞬間だからだ。セブにとってはそれはミアのためだったわけだが、仮にその「他人」がミアであったとしても、それはもはやセブのリズムではない。

ここでは、セブとミアのリズムもまた、完全に一致しているわけではない点が重要である。二人は結局別れてしまうわけだし、ミアの成功とセブの成功はそれぞれ微妙に矛盾するものとして書かれている。ポリリズムのように、ずれては一致するのが二人のリズムなのだ。

 

二つの「虚構」/虚構としての「虚構」

この映画では、公的なミュージカルと私的なミュージカルという、二つの「虚構」が対置される。その差異はリズムの生成(「セッション」)の有無である。

この映画の面白いところは、虚構対現実という二項対立ではなく、二つの「虚構」が対置されることだ。ミュージカルの予定調和なロマンスに着いていけず、疎外されるマイノリティがいたとして、結局彼らは彼らで自分なりの「虚構」/ロマンスを生成するだけであって、それも予定調和でしかないのだ。現実はどこにもない。どこまでも相対的な夢しかこの映画のなかにはない。わりかしアナーキーではないか。

 

f:id:satodex:20170308003421j:plain

 

そして、最後のミュージカルシーンは比喩でなく本当の意味での虚構=嘘である。虚構として「虚構」(ミュージカル)を描いている。このミュージカルは「ありえたかもしれない」世界であって、だからこそ「ありえなかった」世界なのだ。セブがミアに着いていく未来があったかもしれないし、二人が結婚する未来があったかもしれない。だが、そうはならなかった。「ありえなかった」未来は、実に陳腐でわざとらしいドリーミーな演出で表現される。

この映画は、「いま、ここ」の現実ではなく、来なかった未来とか、ありえたかもしれない過去へと絶えず差し向けられている。女優として成功し、別の男と結婚し、子供を作った幸せ絶頂のミアには、常にセブという過去/虚構がとり憑いている

ミアのアイデアを採用して名付けられた「セブズ」において、二人のズレていたリズムは5年ぶりに一致する。だからこそ、ここには映画内で最大の虚構が生成されてしまわけだ。

 

まとめ

はじめて映画批評を書いてみたら難しかったしまとまらなかったが、メタフィクションが好きな僕にとってはところどころで楽しめるフックがあり、普通に楽しめた。あと監督の若干性格が悪い目線に対しては共感した。

これは本当に余談だが、女性に向かってアツくジャズを語り「夢を叶えよう」と語り合い、付き合ったにも関わらず結局別の男と結婚されてしまうセブには大槻ケンヂ的世界観というか、サブカル男の末路を感じて他人事感がしなかった。結局こうやって思い出になるだけなのだ(ちなみに観た後すぐに持っていた感想は「これ『秒速5センチメートル』じゃん」だった)。

…まあ、だからこそこの映画に否定的になる気持ちもけっこうわかる気はする。

 

f:id:satodex:20170308002806j:plain

 

それにしても、監督とセブのジャズ理解を同一視するのは安易ではないだろうか。この映画は別にジャズ最高、みたいな内容ではないし、メッセンジャーズのような新しく、ポップな音楽を否定しているわけでもなかろう。そこにノレない奴もいる、という相対的な目線があるだけだ。

セブはむしろ意図的に「頑固で懐古趣味のジャズマニア」としてカリカチュアライズされていると思うから、そこは僕は特に気にはならなかった。まあジャズに興味がないせいもあるか。

 

さて、虚構とリズム、というテーマで長々とまとめてみたが、僕は映画のこともジャズのこともミュージカルのこともよく知らないので、結構的はずれなことを言った気はする。

もしそうだったとしたら、ぜひクールなジャズのことや、面白いミュージカルのことを教えてほしいと思っている。僕は無知だし頑固だが、セブがミアにしたように熱っぽく語られれば、ノレるかもしれない。

「正しくポップでなくてはならない」80年代ニューウェイブの奇妙な転倒

ニューウェイブ 音楽 日記

●1980年代当時、プログレッシヴな音楽をやろうとは考えませんでしたか?

 

僕自身はプログレッシヴ・ロックから影響を受けていることを恥じていなかったけど、 “ツァイトガイスト時代精神)”を理解していた。僕たちは時代と折り合いをつけながら、自分たちの信じる音楽をやってきたんだ。ギター・ソロは無しで、ドラムスは人間のドラマーが叩いていても、エレクトロニックに聞こえるようにしていた。ミュージシャンにとってのゴールはラジオやテレビでオンエアされることだった。僕たちはそのゴールに向かって、フォーマットに沿った音楽をやったんだ。(ニック・ベッグス。下線は引用者)

 

ニック・ベッグスは80年代のニューロマンティック系バンド、「カジャグーグー」のベーシストである。ベッグスの最近のインタビューからの抜粋でこの記事を始めることにする。

 f:id:satodex:20170304105815j:plain

(中央下がニック・ベッグス)

衣装と演奏 

さて、カジャグーグーはパンク出現後の80年代、ニューウェイブの波に乗ってデビューした。デュラン・デュランなどと同じく、見た目麗しい美少年ばかりが集ったバンドであり、俗にいう「ニューロマンティック」である。音楽に一番お金がかけられていた時代、MTVで放映されることもあってかやたらとPVにも力が入っていて、彼らはアイドル的売れ方をした。

一方でカジャグーグーのサウンドは、単に売れ線のアイドルバンド、というだけには留まらない魅力がある。ファンクに影響を受けたギターカッティング、シンセベースと同居しつつハッキリと主張するベースライン。その技巧と音へのこだわりは、80年代ポップスのお手本と言っても過言ではないだろう。シンセサイザーの音ひとつとっても単にキラキラしているだけではなく、聴覚すべてを快楽で満たさんとするかのように緻密にアレンジされている。

彼らの演奏は端的に言って「うまい」し、その楽曲は「製品としても作品としても」よくできている。

Too Shy - Kajagoogoo - YouTube

 

パンクはパラダイムシフトだったか?

ニューウェイブ系のミュージシャンは、一見素朴に見えてそのサウンドは技巧派/アヴァンギャルドであるというようなタイプは珍しくない。

たとえば、商業的にかなり成功したポリスを挙げることができるだろう。

 

f:id:satodex:20170305055125j:plain

(左からスティング、コープランド、サマーズ) 

 

彼らがよく揶揄される言葉として「パンクのフリをして売れた」というものがある。まさしくそうだったのだろう。

ステュアート・コープランド(Dr)はプログレ出身で、隙あらばポリリズムを挟み込む細かいリズム・ワークは当然パンク的な単なる8ビートではない。初期ポリスのパンク+レゲエ風味はコープランドの意向によるものだったという。ジャズ畑出身のアンディ・サマーズ(G)にしても、単なるコードかき鳴らしではなく、空間系のエフェクターを多用し、アルペジオを中心としたサイケな音づくりを目指している。また後期の“Mother”のような明らかにプログレな楽曲においては、ロバート・フリップまんまのアヴァンギャルドなプレイを披露している(後に実際に共演している)。

上記二人の彼らの独創的かつ職人的なセンスに、スティング(Vo,B)のメロディセンスが加わることでポリスは広範な人気を得た。その意味で、まったく彼らは素朴なパンクなどではない。パンクっぽく見せていただけだ。

The Police - Walking On The Moon - YouTube

 

ニック・ベッグスに話を戻すとしても、彼はカジャグーグーの活動停止後ほとんどプログレ文脈で仕事をしているイメージがある。冒頭のインタビューの前編を見てみると、彼がプログレに多大な影響を受けていることが語られている。

最近だとスティーヴン・ウィルソンのソロへの参加で、マルコ・ミネマンのドラムと抜群のグルーヴを発揮していたのが、個人的には印象的である。

Steven Wilson 'Luminol' Live In Mexico City (HD) - YouTube

 

ポリスの面々にせよ、ニック・ベッグスにせよ、あるいはXTCにせよ、P-MODELにせよ、おそらくほとんどのニューウェイブ系のミュージシャンは、まず世代的にプログレフュージョン、あるいはクラウト・ロックといった実験的ロックの影響を否応なしに受けている。だからといって彼らがプログレだとは僕は思わないし、プログレが特別偉い音楽だとも思わないが、少なくともその残滓はその音楽の中で露骨である。

そんな彼らがパンクのフォーマットに従って音楽を製作していたのが、70年代後半~80年代なのである。それは、先ほどのベッグスのインタビューのなかでも述べられている。 

…1980年代にポップ・シーンで活躍したアーティストの中には隠れプログレ・ファンが多かったのですか?

 

うん、みんな先人から影響を受けてきたんだ。当時はそれを口に出すのは“クール”じゃなかったけどね(笑)。ハワード・ジョーンズはキース・エマーソンの大ファンで、エマーソン・レイク&パーマーハモンドB-3のサウンドを再現していたし、ニックはジェネシストニー・バンクスに傾倒していた。ゲイリー・ニューマンだってすべてが斬新だったわけではなく、プログレッシヴ・ロックから影響を受けていたんだ。ウルトラヴォックスのビリー・カリーはイエスのスティーヴ・ハウとプロジェクトを組んでいたこともある。みんなプログレッシヴ・ロックが好きだった。“おいぼれロッカー”を否定していたパンク・ロッカーだってそうだったんだ。ダムドのラット・スキャビーズはフィル・コリンズのファンだったよ。(ニック・ベッグス)

さて、パンク以後のこの時代に勃興したほとんどの音楽は、(ディスコやメタルも含め)産業的な面すら帯びた「きらびやかさ」を持っていた。演奏の素朴さはテクノ/シンセ・ポップのチープさと合流した。パンク以後とパンク以前で変わったのは実際的な意味としても隠喩的な意味としても衣装であり、実際のところ音楽的には陸続きである。

(一方でパンク精神を受け継いだバンド――いわゆるポスト・パンク――はアートを志向し実験音楽に接近していく。全員が楽器素人であったワイアーは、「ロックでなければ何でもいい」を標語に、2nd以降ピンク・フロイド的なアトモスフィックな方面へ舵をきってアヴァンギャルドになっていく。これはロンドン・パンクというよりはニューヨーク・パンクのアンダーグラウンドさを引き継いでいる。

practice make perfect WIRE Rockpalast 03/18 - YouTube )

 

個人的には、素朴で下手でアナーキーなサウンドこそが大衆性と結びつくというパンクの定義自体、一種の幻想であると思う。有名な話だが、そもそもセックス・ピストルズからして、彼らはパンクとしてプロデュースされ、当然スタジオ音源は聴きやすいように加工されていた。おそらく、(少なくともロンドンで)パンクは初めから単なる製品だった。他のあらゆる流行がそうであるように、パンク・ブームもまた作られたものであって、素朴などではまったくない。そこで生まれる情感もエモさも初めから譜面に書かれており計画通りである。

だからこそ、ニューウェイブよりさらに後、ほんとうの意味でのパンクとか、本来の意味での素朴さとかをとりもどそうとして、多様なバンドが現れたのだ。 

 

「正しくポップでなくてはならない」

パンクはたしかにパラダイムシフトを生じさせたのかもしれない。だが、それはパンク以前以後において、本質的な音楽的断絶を意味しない。

ニューウェイブのバンドは、パンク以前の音楽性を多少なりとも引きずりながら(隠しながら)パンクを装っていた。それはなぜかと問えばそれは当然売れるためである。ベッグスが証言する通りだ。

……が、もう少し考えてみよう。彼らはなぜパンクを装う必要を感じたのだろうか?

 

パンクで重要だったのは、それがひたすらにポップであったということに尽きる。パンクはライブハウスでみんながノレる音楽であり、真似しやすい形式であった。言ってみればパンクは一種のイージーリスニングだった。当然否定的な意味ではなく。

そう考えると、パンクが生んだパラダイムシフトとは、音楽的なものというより、そのパッケージに関する問題にならざるをえない。つまり、先ほども述べた通り衣装でありファッションである。パンクはロックの音楽性を変えたのではなく、ポップさの定義を変えたのだ。何を今さら、という話だが、これが重要なのだと思う。

パンクの影響下にあって大衆性を目指すミュージシャンは、正しくポップでなければならない。正しいポップさとは何か? すなわち、素朴であり、チープであり、アナーキーであることだ。それだけがポップである。パンクは下手でチープで、だからこそポップでなければならない。その強迫観念のもとで、ニューウェイブのミュージシャンは音楽を作っていた。パンクの磁場がここにある。パンクは強固な規範として、正しくポップであることを命じる。

 

その意味で、XTCの楽曲“This is Pop?”はその状況に対する鋭利な批評である。

 

www.youtube.com

 

What do you call that noise

That you put on?

This is pop!

 

パンク以後の音楽のなかにある奇妙なねじれの原因とは、まさにこのパンクの磁場であり、同調圧力にあった。パンクが残した爪痕は、ポップとは「素朴で」「チープで」なければならないという規範である。

この時代、ミュージシャンがポップさを目指すにあたって(それが幻想だったとしても)ある種のパンク精神(DIY)としての「チープさ」「素朴さ」を演出しなければならなかった。それがベッグスのいう「フォーマット」である。このフォーマットを外側からさらにひっくり返すことは彼らには不可能であり、その内側で、規範意識自体の解釈を変容させていったのである。

 

それはエイジアやイエスといった旧来のプログレ集団すらも巻き込んでいる。彼らは露骨にパンクに接近するような真似はしていないが、明らかにその音づくりは以前よりも一種の「軽さ」を志向していた。

サウンドの軽やかさ、チープさこそが「ポップ」の条件だったのだ。だからニューウェイブは自らがチープであるフリをしなければならなかった。この時代のもつ奇妙な転倒とズレがここにある。

 

 80年代ニューウェイブの奇妙な転倒(ずれ)

だいたい言いたいことを書いたのでこの辺で終わりにする。

90年代生まれの僕にはこの時代のサウンドのリアルさはいまいち伝わってこないし、実際の皮膚感覚的なことはわからない。

しかし、(だからこそ?)僕の耳にはこの80年代ニューウェイブが実に奇妙に聞こえる。なぜなら彼らの音楽は「やりたいこと」と「やっていること」、もう少し言うとサウンドとパッケージ、思惑と身体性がずれているからだ。

それは僕にはパンクの磁場のうちで悪戦苦闘しているように見える。正しくポップでなくてはならない状況下で、いかにポップさを批評的にとらえ、変容させていくかが、恐らくニューウェイブのミュージシャンにとって重要だったのではないか。

おそらく、冒頭で引用したニック・ベッグスのいう“ツァイトガイスト時代精神)”とは、このことを指しているのだ。

 

何事においてもこのずれの感覚を大切にしたい。

無国籍80年代ポップ特集セットリスト

音楽 ニューウェイブ 日記

ツイキャスで主に80年代ロックで民族っぽいニュアンスがある曲を流してDJみたいなことをやってみました。セットリストをアップします。

 

後半は特にリズムに注目して選曲してみました。

 

入場/途中BGM

Kraftwerk/Computer World

David Bowie/Speed Of Life

Devo/Freedom Of Choice

YMO/Behind The Mask

 

導入編 民族っぽい曲

XTC/Poor Skelton Steps Out

Japan/Vision Of China

The Police/Walking In Your Footsteps

Tom Tom Club/Genius Of Love

 

リズム編

ジャングルビート編

David Bowie/Sound And Vision

ToTo/Africa

P-MODEL/Licorice Leaf

XTC/Don't Lose Your Temper

久石譲/Kids Return

 

ポリリズム

Talking Heads/I Zimbra

The Police/Reggata De Blanc

坂本龍一/Thatness And Thereness

King Crimson/Frame By Frame

King Crimson/Thela Hun Ginjeet

 

電波の関係か、ぶつ切れになってあまり聞こえなかったみたいで申し訳なかったです。

次はニコ生で試してみます。

 

では。

音楽理論の本を読んだ(デイヴ・スチュワートのジャズ嫌い)

音楽 プログレ 日記

 

音楽をよく聞くし楽器をやっているわりにはまったく理論などには疎いのがなんとなくコンプレックスで、入門書の類を買ってみた。

 

絶対わかる! 曲作りのための音楽理論 新装版

絶対わかる! 曲作りのための音楽理論 新装版

 

 

Twitterでたまたま見かけたので買ってみた。なんとなく「参考書感」があって読む気が失せたのだが、これは新装版で、もともとは

 

f:id:satodex:20170215221917j:plain

 

こんな感じの愉快な表紙であった。この絵は新装版のなかにもけっこう登場する。本人に似ているのかはよくわからないが……。

 

この著者のデイヴ・スチュワートはそもそもミュージシャンとしても確固たるキャリアがあって、いわゆるカンタベリー・ロックにおいて重要な人物だ。

カンタベリー・ロックといえばソフト・マシーンとか、キャラヴァンとかヘンリー・カウとかスラップ・ハッピーとか、とにかくプログレフュージョンの文脈でも特にジャズとの接点が大きく前衛的な分野と言えると思う。一言でいうと底なし沼という感じのジャンルで、僕はそこまで深追いできていないのだが、とにかくスチュワートはそこで活躍していた。

キーボーディストとしてゴングやナショナル・ヘルスに在籍していたとか、比較的有名なところではビル・ブルーフォードとやっていた人といえばその筋の人にはわかっていただけるだろう。また、80年代にはポップ方面にも創作の幅を広げているようだ。

同姓同名のギタリストもいるようだが、そちらはよくわからない。

 

f:id:satodex:20170215192854j:plain

 

 

内容はメジャー/マイナーといった基礎的なコードの解説から、ロック/ポップスにおけるコード進行の発展の簡素な歴史、応用的なコードワークの説明、さらにリズムやBPMの解説、簡素なMIDIの扱い方、インプロヴィゼーションなどまで及んでいて、単なる理論書というよりはかなり実践向きである。

個人的には、スチュワート本人の好き嫌いや作曲の経験を全編にわたって語ってくれるので読みやすく、すぐに読めてしまった。理解するというよりはとりあえず使ってみよう、というユーザーフレンドリーさが気に入った部分だろうか。

それに加え、英国人特有なのか皮肉やユーモア交じりに書かれているので飽きずに読める。キーボーディストとギタリストの両方に向けてコードが書いているのも親切だろう。

 

…というのが概要で、それはともかく、僕が本書で特に面白いのは、スチュワートのジャズ嫌いである。

ここから第五楽章にかけて、基本的なトライアドから発展させた利用価値の高いコードとコード・ボイシングについて語っていきたいと思います。よく出てくるようなジャズ・クリシェにはタッチしないので安心してくれたまえ。

 

陳腐で薄っぺらで、洗練されてるようでクサいジャズ13thの世界を抜け出る前に、もうひとつ関係するコードを紹介しなければなりません。これなら私の耳にも心地よく響きます。

 (本書より)

 

先ほど言ったようにカンタベリー・ロックというのは比較的ジャズとの関係が密接なジャンルなのだが、意外にも彼にとってジャズは手あかのついた退屈な音楽、ということなのだろう(当然、ある種の外連味ではあるのだろうけど)。

だからこそ彼はよりプログレッシブな方面に舵を切っていたのかもしれない。しばしばジャズ好きからは中途半端と見なされるプログレだが、一筋縄ではいかないのであろう。

 

さて、スチュワートのひねくれっぷりがよく出ていると思うのだが、本書で基礎となるのはsus4、sus2、add4、add2といったコードの説明である。

スチュワートは普通の音楽理論書やギター入門書で説明されるであろうセブンスやナインスに関してはそこまで深追いしない。彼の発想はむしろ、そういったコードのなかにいかに四度や二度の音を挟み込むか、どのようにしてポップかつ奇抜なコード進行にするか、みたいな方向に向かっている。

それゆえ本書は音楽理論と言えばクラシックかジャズ、という定式に対するアンチテーゼにもなっている。

途中で「冒険心のあるコード進行を取り入れているバンド」として、XTCレディオヘッドを挙げているのも興味深い。

 

どうもとことん「クリシェ」が嫌いな男のようである。

 


Bruford — "Sample and Hold" Live (1979)

(ブルーフォードのライブ。スチュワートがキーボードを弾いている。何度見てもバンドのメンツすげえな)

 

余談だが、同時に菊池成孔のジャズ講義の本を読んでいる。菊池もまた軽妙な語り口で、内容は読みやすいのだが、どうも嫌味な印象が残る。同じく軽妙な語り口でもどうしてこうも口当たりが変わるのだろうか。

英国人のセンスなのかもしれない。

 

ヒーリングとしてのギター

音楽 日記

 

ギターという楽器が好きではない。

というよりギターという楽器をいじめているギタリストが好きである。それはたとえばロバート・フリップだが……

www.youtube.com

 

(両方変な音しか鳴らしていないが、右側で座って弾いているのがロバート・フリップ

 

一方で、ギターという楽器を弾くのは好きだ。ギターを弾いている間はあまり何も考えなくてもよいからである。

 

何かしたいが何もしたくない

大学が休みになったのでやることがない。来週からバイトを始めることにしたのでそれなりに忙しくはなるだろうが、この1週間は死ぬほど暇であった。

僕は回遊魚のような性質で、性格なのか、何らかの問題があるのか知らないが、常に何かをしていないとしんどくなる人間である。とにかく暇というのが苦手だ。

かといって一方で、自分は怠惰である。暇だから旅行に行こうとか観光に行こうとか街に出ようとか飲みに行こうとかはならないのであり、家から出るのが好きではない。ので、この一週間ほどは本当にほとんど家から出ずに過ごしていた。

そうすると必然的に「何かしたいが何もしたくない」苦痛の状態が訪れる。いわば、僕はスイッチをオフにすることができないので、それを紛らわすために色々趣味をやるわけだ。趣味というのは僕の場合、音楽を聴く、本を読む、映像を観る、文章を書く絵を描く楽器を弾く……などである。

 

インプットでもアウトプットでもなく

しかし、強引にまとめるとインドアでできる趣味はだいたいの行為は「インプット」か「アウトプット」かのどちらかであって、その辺の脳を使いたくない時には向かない。

本を読むにしろ映画を観るにしろ、無意識にダラダラ流しておける人はたくさんいると思うし、そうありたいものだが、僕の場合そういう行為は多くの場合意識的にしかできないので、自分の「意識」というやつがとことん嫌いになっているときはできそうにない。僕は脳のなかの交通量をとことん削減したいのだ。

 

そこで消去法的に選ばれるのがギターを弾くという行為で、ギターを弾くのは無意識でできる。脳というより指がやってくれるからだ。スケールを適当に鳴らしていればよさげに聞こえるので楽しく、それは機械的にできる。で、ほっておくといつの間にか何となくいいフレーズができていたりする。

というわけで、僕は特に何を練習するというわけでもないのにずっとギターを弾いている。これはおそらくストレッチとか筋トレとかと同じなんじゃないかなと思う。

創作する目的でもなく上達する目的でもなく、ただ音が鳴っているだけの状態が妙にうれしい。それがあとから創作行為になることもあるのだから一石二鳥ではないか。

 

ヒーリングとしてのギター

ギターを弾くことは、行為自体は内向的だが、その向いている内側が外側であるような感覚がある。
僕は楽器を、自分の意識を極力無意識に還元するためにやっている気がする。ヒーリングのための、自己セラピーのためのギターである。

筋肉少女帯のリード・ギターである橘高文彦氏は中学生でギターに出会ったとき、学校に行かずずっと家に引きこもり、ほぼずっとギターを弾き続けていたという。トイレに行くときも、というのだから相当だが、僕は結構その気持ちがわかる気がする。

f:id:satodex:20170205021728j:plain

皆様も楽器、あまり何も考えたくないときにどうであろうか。

近所迷惑なので深夜にはできないのが難点だが。

ジョン・ウェットンについて思うこと(プログレの呪縛)

音楽 プログレ

1月31日、ジョン・ウェットンが亡くなった。

 

nme-jp.com

 

www.barks.jp

 

 僕はプログレリスナーなので、当然ジョン・ウェットンのことは知っている。キング・クリムゾンのいわゆる「黄金期」を支え、UK、エイジア……さまざまなグループでベースとヴォーカルを担当した彼は偉大なミュージシャンだった。

一枚だけだがソロアルバム(『Arkangel』、1997)を聴いたこともある。正直、ヴォーカリストとして声がとても好きというタイプではないのだが、アヴァンギャルドな音楽の中で光るポップセンス、メロディメイカーとしての才能は心から好きで、何度も聴いた。

一方、その優しい声とは人が変わったかのように、歪みきったファズ・ベースを変拍子であろうがおかまいなく弾きまくるプレイヤーとしてのウェットンは、プログレ界でベーシストを一人挙げろ、と言われればまず名前が挙がるほどの実力を有していたに違いない。クリス・スクワイアやグレッグ・レイクとともに――もはや三人とも亡くなってしまったが……。

 

youtu.be

 

とくに世代というわけでもないのに高校時代プログレを聴きまくっていた僕にとってウェットンは育ての親みたいなものだった。空虚な気持ちを抱いている。ご冥福をお祈りしたい。

いっぽうで僕はウェットン(をとりまく言説)に対して複雑な感情もある。今回はそれを書いてみたいと思う。

 

「本物の」スターレス

上記の通り、とくにクリムゾンでのウェットンの歌声やベースプレイはプログレファンの間でとても人気が高い。それは僕にもわかる。

だが、僕は年配のプログレリスナーが次のようなことを言うのに対して、どうしてもついていけない部分がある。

 

 

 

僕は別に@yuuraku氏や@basassang氏のことを批判したいわけではないことを先に言っておく。彼らもウェットンの死を悲しみ悼んでいることだろう。

ただ、このような言説は、ある世代のプログレリスナーがウェットンならびにキング・クリムゾン、そしてプログレッシブ・ロックに接する際につねに発してきた言葉だ。僕はこのような典型的な言説を、色々なサイトや雑誌のレビューやインタビューで見てきたし、そのたびに違和感を覚えてきた。

プログレリスナーではない人のために軽く説明する。ここで@yuuraku氏が言っている「スターレス」とは70年代の黄金期のキング・クリムゾンの楽曲である。

www.youtube.com

 

この"スターレス"は70年代クリムゾン最後のアルバム『Red』に収録された最後の曲であり、この荘厳な終末を感じさせるような雰囲気と中盤~ラストにかけての緊張感は、言うまでもなく名曲といった風情である。

ロバート・フリップ(g)、ジョン・ウェットン(b,v)、ビル・ブルーフォード(ds)。この三人はそれぞれがプログレ界の伝説的なプレイヤーだ。それゆえ、"スターレス"はプログレリスナーの間でのいわゆるアンセム的に扱われてきた楽曲なのだ。

とくに近年、ウェットンはUKやソロなどでこの曲を歌っていた。持ち歌のようなものだ。そしてウェットンとは別で、"スターレス"は(何度目かもうよくわからないが)再結成したキング・クリムゾンのレパートリーともなっている(詳しくは後に書く)。

しかし、@yuuraku氏など往年のプログレリスナーが言うような「本物の」"スターレス"とはおそらく、ウェットンがソロで歌う"スターレス"でも、そして「今の」キング・クリムゾンのメンバーでの(ジャッコ・ジャクスジクがヴォーカルをとる)"スターレス"でもないのだろう。上に挙げたフリップ、ウェットン、ブルーフォードという三人が集まって初めて、この曲は「本物」なのだ。

 

 

まあ、オリジナルメンバーがプレイするものが本物だ、なんてのは当たり前で、僕は特にそこに異論はない。彼らとて、それ以後のウェットンやフリップの仕事を全否定しているわけではないだろう。@basassang氏のツイートを遡ると、それ以後のウェットンの業績を肯定的に語る言葉もあったのであり、僕も基本的にそれは同じ気持ちである。

ただ、結局のところこのような言説は、70年代以後も音楽をプレイし続ける(続けていた)ウェットンにもクリムゾンにも本質的な意味では「本物」を認めない。彼らはロバート・フリップが今まさに実行しているプロジェクトや目論見(トリプル・ドラム)を、70年代黄金期クリムゾンの「再現」としか感じないだろうし、基本的には70年代の「あの」音を求めているのだと思う。

「あの3人がいる」、70年代のキング・クリムゾンしか、彼らは認めない。『太陽と戦慄』、『暗黒の世界』、『Red』……しか。

 

黄金期プログレの代名詞としてのウェットン

 

ウェットンはクリムゾン解散後、UKを経て次第にポップな方向へ向かい(そもそも彼はクリムゾンでも”土曜日の本”や”ふたたび赤い悪夢”などのヴォーカルパートでじゅうぶんポップセンスを見せていたのだが)、ついにエイジアの結成でそのポップネスは結実する。

 

youtu.be

 (楽曲は二枚目から)

 

デビュー・アルバム『エイジア』は、1982年に全米で最も売れたアルバムだった。しばしばアヴァンギャルドとみなされるプログレ出身のメンバーばかりで構成されたバンドながら、その音は非常に煌びやかな歌モノであり、流行りのミックスが施されたスタジアム・ロックであった(この過剰なほどのリヴァーヴ!)。あきらかにパンク以後、ニューウェイヴの音を引き受けて作られている。

エイジアのサウンドは、いくつか聞くと変拍子ハード・ロック的な激しいパッセージも盛り込まれてはいるものの、確かにここまでに挙げた"イージー・マネー"や"スターレス"と比較すると確かに全くかけ離れた音楽に聞こえる。ウェットンのベースも、かつての攻撃的な音は次第になりを潜めていく。

…少しそれるが、このサウンドは(とくにミックスなどの加減は)僕としてはジェフ・ダウンズ(バグルス、イエス)の意向であると思う。当然ウェットンのメロディセンスは大きいのだが、バグルスや、バグルスと合体していた同時期のイエスの音源(『ドラマ』)を聴くと、エイジアとはそうかけ離れていない。

そもそもジェフ・ダウンズはイエスのファンであり、ニューウェイブ系の音楽にも、プログレのDNAは受け継がれていたはずなのだ――それを肯定的に捉えるかどうかは別として。

 

www.youtube.com

 

さて、エイジアによって彼らはビジネス的に成功することになるのだが、プログレファンからは、上に挙げたように「産業ロック」と言われ、散々な評価だった。「奴らは産業に堕した」だの「ほんとうにやりたいのはプログレのはず」とか何とか言われたのである。

ジョン・ウェットンがクリムゾンに参加していたのは1972~1974年のごく短い間で、UKやエイジアでの仕事の方が圧倒的に長期であるが、プログレリスナーの間ではいまだにウェットンという人はこの「黄金期のクリムゾン」の人である。縛られているといってもよい。ジョン・ウェットンという人は、恐らく死ぬまでプログレ黄金期の代名詞みたいに扱われた人だ。本人の意向に関わらず。

彼がそこから離れていこうとも、少なくともプログレのリスナーは、かつての音をウェットンに求めていた。だから、ウェットンがいないクリムゾンにも、「プログレでない」ウェットンにも、リスナーはいい顔をしない。

 

キング・クリムゾンの変化

それは一方でキング・クリムゾンの方もそうだった。

エイドリアン・ブリュー(g,v)を迎え1980年代に再結成したクリムゾンも、ウェットンとは違った仕方でポスト=パンクのサウンドを引き受け、それまでとは全く異なるアプローチをしていたし、90年代以降にはメタル・クリムゾンと称してさらなる別のサウンドを追求していた。今はまた再結成し、ドラムが三人編成(四人になるらしいが)という斬新な形態で新しい音を追求し続けている。

フリップは昔一度成し遂げたことになどまったく興味がないのだ――仮にかつてのレパートリーを今、プレイしているとしても。

80年代~ゼロ年代にかけて在籍したエイドリアン・ブリューというアメリカ人は気の毒で、つねにウェットンやレイクという先代のヴォーカルと比べて軽いだの陽気すぎるだの言われてきたし、旧来のプログレリスナーからは彼特有のシニカルさやユニークさは敬遠されてきた。

実際80年代のクリムゾンはかつての「深淵」で「荘厳」なサウンドからはまるっきり離れていた。ロバート・フリップのソロアルバム『エクスポージャー』を聴けばわかるが、フリップはニューヨークの路上の乾いた暴力性をこそ表現したかったのだ。

(そのサウンドは、僕からすれば"太陽と戦慄"や"フラクチャー"でフリップが披露してきた複雑なリズムワークの延長上にあり、けしてかつてのクリムゾンとかけ離れたものではないと思われるが)

……それでも、旧来からのリスナーにとってはプログレというのはイギリス、少なくともヨーロッパのもので、アメリカ人は合わない。

 

そこからさらに三十年経ち、現在のキング・クリムゾンは、70年代以来まったく放棄されていたかつてのレパートリーを、複数人のドラムスによって再構築するという試みを行なっている。

 

www.youtube.com

 

クリムゾンというのはまったく昔の曲をやらないバンドだったのだが、ここにきて、ドラム三人による再構築という手法を選んだ。これは僕にとっては意外だったが、ロバート・フリップによれば「いつ作った曲であれ、どれも新曲」なのだそうだ。

ロバート・フリップ、「キング・クリムゾンの掟」を語る | Rocqt

 

だが一部のリスナーにとって、ここでも問題になったのは「ウェットンがいない」「グレッグ・レイクがいない」ことだった。エイドリアン・ブリューはクビにされ、ジャッコ・ジャクスジクという比較的かつてのレパートリーに似合う声の持ち主がヴォーカルとして選ばれたが、それでも(いや、だからこそ)彼らはウェットンの声を求めていた。正確には70年代を求めていた。

クリムゾンの歴史を全部語ると異常に長い記事になるので少し足早に素描したが、おそらくキング・クリムゾンもまた、あの1972年から1974年に縛られている部分は否めない。

 

陸続きの場所

偉大な業績を残せば、それは確かにいつまでも残るだろうし、聴き継がれ、引き継がれていくだろう。そうあるべきだと思う。だが、その過去が今を縛る呪縛になることもある。

ウェットンが死に、かつてのクリムゾンの音が懐古されるたび、僕はその感想に「納得」と「けだるさ」を同時に感じる。たしかにあの時代のクリムゾンは素晴らしい。文句のつけようがなく最高だと思う。とくにリアルタイムで聴いた世代ならば、その時代を懐かしむ気持ちもあるだろう。

だがウェットンもフリップも、他のミュージシャンも、あの70年代のごく短い期間にずっと縛られていたわけではない。彼らはつねに今目の前で表現したいことと格闘し創作行為に当たってきた。少なくともフリップは未だに格闘し続けていると思うし、ずっとプログレッシヴであり続けている。

彼等はおそらく、70年代を捨て去ったわけでも、逆にそこに拘泥しつづけていたわけでもない。あの時代と「陸続きの場所」を、彼らなりに別の仕方で歩き続けている(いた)はずだ。僕はそれも肯定したい。たぶん「いつ作った曲であれ、どれも新曲」の精神なのだ。フリップの言葉は的を射ている。

 

当然、僕にも好き嫌いがあるから、別に彼らのすべての創作物を積極的に評価するというわけではない。けれど、創作しつづける彼らの姿勢に関しては、僕は肯定したいと思う。「ウェットンがいない」キング・クリムゾンも、エイジアでプレイしていたウェットンも、どれも「本物」なのだ。どれだけ願おうとも、70年代のあのプログレが帰ってくることなど無いのだから。ジョン・ウェットンが死んでしまった今、それはなおさらそうだ。

昔と違うから「偽物」だとか、逆に昔から変わらないから懐古趣味だとか、そういう評価基準が音楽のなかにあるとき、僕は少し複雑な思いをする。アンフェアだと思う。そしてウェットンの周りを、常にそういった言説がとりまいてきたのだ。

 

最後に

何度も繰り返す通り、往年のプログレリスナーと、僕のような最近になって後追いしたリスナーでは、音楽の持つ意味合いが異なるのだろう。そしてそれ以降の音楽を縛ってしまうほどに1970年代の音楽というのは確かな魅力を持っていた。それを否定することは僕にはとてもできない。

キース・エマーソンやクリス・スクワイアやグレッグ・レイクが亡くなったときも悲しかったが、ウェットンが亡くなったことを、僕は特別残念に思う。

 

最後に、ジョン・ウェットンがロキシー・ミュージックに参加した際の動画と、彼のソロから一曲挙げて記事を終わりにする。

安らかに眠ってほしい。

 

www.youtube.com

 

www.youtube.com