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大津波では救いがたい

思考の総括と分解

平沢進の実体化する他者/「眠り」【後半】

前回の記事では初期~『パースペクティブ』までのP-MODELの歌詞から、平沢進の他者のテーマの変遷をみた。

そこではつねに、直接的な他者とのコミュニケーションが求められ、一方でそれが叶わないことが強調されてきたのだった。

 

searoute.hatenablog.com

 

平沢進の病

軽くまとめよう。

まず初期P-MODELにおいて、他者との関係を遮断するものは、まさにそれをとりもつ具体的なメディア=社会だった。だからこそ、そのメディアを批判するパンクなスタイルが選択されていたわけだ。これは他のニューウェーブ系のバンドとも通じている。

 

ところが、『ポプリ』以降中期においてはそのテーマは深く抽象化し、メディアの批判よりもむしろ孤独な主体に注目がうつっていく。表現方法も、わかりやすいパンクからより入り組んだアヴァンギャルドな方面へ舵を切る。

ここではもはや、言葉さえが懐疑の対象になり、他者へ通じる道はすべて閉鎖されてしまう。言葉もまた、結局間接的なものであり、個人的な解釈である以上、直接的な他者へは通じていないからだ。

その「言葉」にはおそらく歌詞も含まれる。中期のP-MODELの歌詞は初期のように寓意的ではなく、語感が重視されたメタファーで埋め尽くされており、明確な意味を伝達しない。

 

何を歌っても結局他者には伝わらない。中期P-MODELにおける平沢進の言葉は、もはや何の他者も現実もとらえず、完全に孤独な内面性へと落ちこんでいく。

直接的な他者とのコミュニケーションを突き詰めることにより、平沢進は完全な孤独に行き当たる。いわば平沢進はここでコミュニケーション不全という病に陥ったのだ。

平沢進の回復〜眠り

平沢進は以下『アナザー・ゲーム』と『スキューバ』において、さらに初期ソロまでの間で、その病の自己セラピーに集中していくことになる。今回はそちらに注目しよう。記事の前編が平沢進の羅患の過程だとすれば、後編はその回復に関する経緯である。そしてその回復とは、「眠り」あるいは無意識へと注目することによってなされるのだ。

 

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中期P-MODEL(中編)〜カウンセリング

P-MODELの五枚目のアルバムである『アナザー・ゲーム』(1984)は、初期からの平沢進の片腕的存在であった田中靖美(Key)の脱退後に制作された。これをもってオリジナルメンバーは平沢と田井中貞利(Dr)のみとなった。

田中は作詞作曲をこなし、またバンドのコンセプトに関しても平沢とほぼ同じ感覚をもっていた人物であり、平沢進が未だなお「自らと同じ方向性の持ち主」として称揚する人物である。田中の脱退は平沢にとって非常な痛手であっただろう。実際、この5thは作詞作曲共に平沢のみとなり、ますます「ワンマン・バンド」となった。

それゆえか、『アナザー・ゲーム』と、実質平沢のソロであったカセットブック『スキューバ』(1984)は、非常に平沢進私小説のような感触が強い。まさにここで、平沢進は自己セラピーを試みるのである。

スーパーマーケット・シンポジウム

濁り景色体内につのる

ロンリネスの急所広場の末路に

その濁り水吐き出す外はない

 

めまいが解いたこの身のエレメント

オートマチックにこなせるか

広場の末路に言うだけ言うが

私はechoes

 5thより“Echoes”だ。これは4thまでの内向化し、孤独へと向かった歌詞を自己批評しているようにも取れる(「ロンリネスの急所」や「吐き出す外はない」)。『アナザー・ゲーム』は、これまでの二作を自らまとめるようなコンセプトを感じるアルバムである。『パースペクティヴ』のような雑然とした音に比べるとスマートにまとまっており、現在にまで通じる作風がここで一旦の完成を見ている(ストリングス+平沢進の歌唱+変則的なリズム+アヴァンギャルドなギター)。

このアルバムの中で最も「私小説」的なのは、次の曲の歌詞だろう。

空振る覚悟その数知れず/元の夢今も変わらず
重ね重ねた鉄の因果に/変わらず今だぼくら気絶のまま

Goes On Ghost

Let's Go

空振る言葉その数知れず/元の夢今も変わらず
鉄の因果の川底に住んで/死にきれぬキミにたとえなどなくて

Goes On Ghost 

Let's Go

 

“Goes On Ghost”における「キミ」は平沢進本人を指しているようにも見える。平沢進はしばしば自らを幽霊とか(例えば「Ghost Web」)「モンスター」といった異形として例示するのだが、それもここで現れているといってよいかもしれない。「空振る言葉その数知れず」なども、もはや寓意的に言葉を伝えられない中期P-MODELを自虐しているようだ。

しかしこのアルバムで最も重要なのは実は歌詞ではなく、むしろ手法としてのカウンセリングである。このアルバムの一曲目は“ANOTHER GAME Step1”と名付けられた3分ほどの「語り」であり(「楽な姿勢で座り、目を閉じてください。私がこれから三つ数えると、あなたはリラックスします」から始まる)、これはカウンセラーの催眠療法を真似たものであるし、最後の曲“AWAKING SLEEP~αclick”はリラックス効果がある脳波(アルファー波)を誘発すると言われる一定の音階を用いて作られている。当然だがここで平沢進患者である。

ややカルトだが、つまりこのアルバムにおいては心理学方面からのアプローチであり、「癒し」がテーマになっている。

 

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このインタビューを見てみると、平沢進がその手法について自己解説している。

着目すべきは最後の部分である。「人の意識っていうのはちょうど海に浮かぶ島みたいなもので水面−表面では個人と個人がいるけれど、水面下の部分は最後は海底で繋がってるでしょ。たとえばテレパシーとかシンクロニシティの説明も、その辺でしようと思えばできるわけですよ」。

個人的にはほとんどオカルトだと思うが、これは明らかにユングの心理学(「集合的無意識」)だ。平沢進にとっての催眠療法は、自らの意識が他者と繋がっていることを確かめるためのものなのである。リスナーの間ではある程度常識的だとは思うが、ここで初めて平沢進の中に、「眠り」であり「無意識」のモチーフが立ち現れる。

この眠りのモチーフが全面的に用いられているのが、次の『スキューバ』における歌詞なのである。

鳥になり/獣になり/ボクのままでキミになる

おやすみ/これすなわち/こんにちは

Rem Sleep

「ボクのままでキミになる」。“Rem Sleep”は上のユング趣味を端的に表している。つまり、いままでの言葉=意識では他者に到達しえず、あれほどに孤独を強調していた平沢が、無意識を介することで今度はいとも簡単に他者にアクセスする。それが、おやすみ=こんにちは(=“オハヨウ”)なのである。

仲深まる程に消える口数
夢の合図と秘密で息をつく
あと幾つの現を思いながら
溶けた海の底でキミに会えるか


出会いの場所はそも このフローズン・ビーチ
キミに驚異と敬意で考える
明日からの出来事の前触れに
古代の涙一つも流させて

“Frozen Beach”では、先ほどのインタビューでもあったように、この意識と無意識が海のメタファーによって語られる。「仲深まるほどに消える口数」と「溶けた海の底」は、“美術館であった人だろ”における「街」と「夢」にパラレルである。言葉では他者は捉えられないが、無意識では他者と出会うことができる。なぜなら無意識の次元において、ボク=キミだからだ。

朝が来る前に/消えた星までの地図を

キミへの歌に変え/地の果ての民に預けた

船よ急げよ/西はまだ無窮のさなか

眠りから見晴らせば/宇宙は/キミを夢見て


ボクらの間に/変らないものを数え

約束にくらみ/いくつもの橋を渡った

あの日から消えた/星が今川面に映る

水かさよ増せ/溢れ/キミへとボクを埋めて

いつか陽を仰いで/消えた星が見えた日は

地の果てに預けたあの/地図の歌を歌おう

”ボクはキミだから”と ”ボクはキミだから”と…

少し先んじて平沢のソロ1st『時空の水』(1989)から、“金星”の引用を載せておこう。ソロに至ると平沢は実にファンタジックで広大な世界観を打ち出すようになるので、より世界観は拡大している。

ここでの「ボクはキミだから」という言葉を持って、平沢は初期からソロに至るテーマの完成をみる。平沢の歌詞におけるテーマは、少なくとも抽象的なレベルでは、ここから今に至るまでほとんど変わっていない。他者(「キミ」)との無意識かつ直接的なコミュニケーション。この神秘主義的なテーマが、のちにいかなるモチーフに応用されたかは後述する。

さて、『スキューバ』に戻ろう。引用しないが、他の『スキューバ』における歌詞もまた、ほとんどがこの無意識=海底=他者との出会いという図式で書かれており、いわば無意識へと潜って(「スキューバ・ダイビング」して)行く物語である。外の世界に他者を探すのではなく、内省を重ねたすえに、自己のうちにこそ、平沢は他者を見つけるのだ。

 

たとえば“Boat”の歌詞においては、島と島(個人と個人)の間を取り持とうとする言葉をボートに見立てている。ボートは“おみやげ”を持って他者のところへ行くのだが、その度に不和と争いが起き、ボートは沈みそうになる。ここで平沢進は言葉=意識で何かを伝えることの難しさを歌っているのだ(結局のところこののち平沢はそれを放棄している)。

平沢はのちに(『スキューバ リサイクル』、1995年)こう書いている。「不純物の多い私の想像力に比べて、無意識はいつでも天才です。」『スキューバ』において、P-MODELは今まで封印していたポップ・ソングのスタイルを取り入れ、ひねくれたセンスはそのままに素直な歌ものテクノ・ポップへと変化を遂げる。モノクロの世界から極彩色の世界への飛翔は、平沢進の開き直りとも言える回復にも関わっていると言えるだろう。

中期P-MODEL(後半)〜応用、実践

平沢進の音楽スタイルと歌詞のスタイルは『アナザー・ゲーム』と『スキューバ』で完成している。6th『カルカドル』(1985)と7th『ワン・パターン』(1986)はその応用編と言えるものだ。

音楽面では、ポップでありながらも、ひねくれたスケール感とリズムパターンによって実験的な感触を残した無国籍テクノとでも言える内容になっている。6thにおいては横川理彦、7thにおいては中野照夫と高橋芳一がそれぞれ独特の色を与えている。

特記事項として、『カルカドル』のいくつかの楽曲において平沢はもはや意味のある歌詞を書くこと自体をやめている。彼は夢日記の内容をそのまま反映した歌詞、また歩いている時に思いついたメロディなどを用い(“サイボーグ”)、作詞や作曲のレベルにおいても「無意識」を実践しているのがわかる。

たって見ぬ窓にカルカドル/かつて見ぬ部屋にカルカド

たって/かつて

 

ランダム/ランダム

壁に現れてはまた消える

面影は/数えきれず

デジャヴ/デジャヴ

なぜか鏡みるように懐かし

どこかで/声

おかえりなさい

 “Karkador”。この歌詞では、もはや「カルカドル」がなんなのかもよくわからない。ただ、「デジャヴ」や「鏡みるように懐かし」、「おかえりなさい」など、「既視感」が強調されているだけだ。他にもいくつかの歌詞があるが、『パースペクティヴ』以上に意味を読み取るのが難しい、隠喩だらけの抽象的内容となっている。しかしその抽象度は、かつてのように重苦しい何かの表象ではなく、さっぱりとした無意味な言葉遊びなのだ。

メタファーの成長

さて、しかし個人的に面白いと思うのは、このころから平沢進の中で「眠り」や「夢」といったメタファーが徐々に成長していくことである。例えば、

鉄の壁から呼ぶ声/ドアの開けざまにママはりたおせ

胸の晴れ間で鳴る声/ドアの開けざまにママはりたおせ

夜は隠れ家で/石の輪を描く

つて持つ手おろして/晴れて眠る

 

バス待つ列で耳うつ/ドアの開けざまにママはりたおせ

机にふせた寝耳に/ドアの開けざまにママはりたおせ

昼は籠の中/明日の絵を描く

筆を持つ手重く/晴れた目には

 

起きぬけに聞く呼び声/ドアの開けざまにママはりたおせ

胸の雲間に鳴る声/ドアの開けざまにママはりたおせ

朝は夢のあと/息の輪を吐く

慣れた道も遠く/晴れた日には

 

『ワン・パターン』における“Oh! Mama”は母性による支配もしくは母性への依存に対する批判をシニカルに描いた歌詞であると思うが、ここでは夜、昼、朝が対置関係にある。夜は「隠れ家」、昼は「籠の中」、朝は「夢のあと」であり、ここでは夜=夢の中は一種のユートピア、昼=籠の中は一種のディストピアとして、実に明快な二項対立になっている(この極端な二世界は常に平沢進の歌詞に現れ続ける)。

ここで平沢の「眠り」は実に多義的な言葉に成長しているのである。 ここから平沢進の歌詞を見れば、色々と面白いはずである。

 実体化する他者/「眠り」

さて、ここまで平沢進の「他者」のテーマと、それを解決するための「眠り」のメタファーについて取り上げてきた。しかしこの記事のタイトルは「実体化する他者」である。

眠りの世界の他者は本来的にはひどく観念的で神秘的なものだ。それゆえ実体化することはないはずである…ところが、平沢進の他者は実体化しているのではないかと僕は考えている。それは90年代後半のP-MODEL、いわゆる改訂P-MODELの歌詞を見ると明らかに思える。

幻が教える場所/深い眠りの力で

この響きの理由にも/確かな事だけ感じるね

一つの望みが/全てを照らして


波間に見える更に深くへ/彼の地を目指し進めよ進め

ここへおいでよ/キミのこの地へ/降り立つ日々は約束しよう

夢見る力覚えあるなら/誘う鐘におやすみ眠れ

『舟』(1995)から“夢見る力に”だ。これも「眠り」や「夢」に関しては今までの手法でごく簡単に理解できるはずだ(歌詞全体を参照すればわかるが、この歌詞において、またしても「街」と「夢」の対立が現れる)。

が、この曲に関してはそれとは別の事情がある。

この時期からP-MODEL平沢進)はいち早くコンピュータを通じたインターネットにおけるユーザー同士のコミュニケーションに着眼し、早い段階でホームページを作ったり、またネットを介したインタラクティヴ・ライブ、のちには世界的にもかなり先駆けてmp3での音楽配信などを次々と達成して行く。

この曲は、いわばそのインターネットの世界へとユーザーを誘う内容なのである。(“Welcome”や“http”のような楽曲でインターネット賛美は露骨である)

インターネットとは言わないが、同じような内容は、例えば『時空の水』(1989)にも現れていた。

雪解けの裾で/ヤギは空を仰ぐ

眠り/めざめ/思い出せば話そう

アイリスが咲く/長い雨の夜

祈るようにキミを/さがして駆けてたこと

トルヒーヨのハルディン (トルヒーヨのハルディン)

トルヒーヨのハルディン (までいっしょに行きませんか?)

トルヒーヨのハルディン (トルヒーヨのハルディン)

トルヒーヨのハルディン (まで行きませんか?)

ここでのハルディンとは精神病院を指す(らしい)。他者を誘うような歌詞はすでにここでも使われているが、ここでまだ平沢はインターネットという媒体を手に入れてはおらず、やはりあくまで抽象的なものなのだ。

 

つまり平沢進の観念的な他者は、インターネット通信を通じたユーザーとの直接的なコミュニケーションにおいて初めて実体化している。

ここでそう結論できるのは、この楽曲に「夢見る力に」というタイトルが付いているゆえにだ。平沢進の「他者」=「眠り」は、ここで「インターネット」ともイコールを結ぶわけだ。

 

健康な大人の平沢進

実に大袈裟なタイトルの割に「実体化」の項はやたらあっさりと書いてしまったが、こうして平沢にとっての他者が実体化したがゆえに、のちの核P-MODELにおいて、ディストピア世界、さらに初期のメディア批判が復活していると言える。

平沢進は、常に直接的なコミュニケーションを志向するゆえにジャスラックであるとか、レコード会社といった「中間管理」を批判するし、まただからこそmp3配信のようなインディペンデントな媒体に強くこだわってきたのだ。彼が毎日のようにTwitterを更新することも、これと陸続きである。これはインターネットが彼にとって「他者」そのものであるからこそ、だろう。

 

というわけで、こうして平沢進は病から回復し、実に「健康な」大人になった。

『パースペクティヴ』から『スキューバ』を経て『時空の水』へ至るあたりの平沢の葛藤や苦悩はもはやない。音楽制作においても歌詞においても、かなり安定した作風を確立したと言えるだろう(ちなみにもう一方で、『カルカドル』〜初期三部作の頃はあくまで「無国籍風」であり、「どこか」だった不思議な音楽性は、90年台中盤を持って「タイ」や「アジア」といった形でこちらも実体化していると言えるかもしれない)。彼はポップソングを作る職人である。

それは「私がやりたい様にやった結果、それがすべて、私のサウンドであります。音楽における、実験というものはすべて、すでに終了していると思っております。蓄積してきたノウハウを、必要に応じて配置しているのみのことでありまして、楽器、その他に対して、執着、愛着はありません。一言で言うなら、逸脱であります」(2000年)といった発言にも見られる。

 

僕としてはこの平沢進に対しては少しだけ微妙な気持ちも持っている。

中期P-MODELが好きだというのもあるし、あるいは苦悩して実験しているミュージシャンが好きなのかもしれない。

例えば平沢の敬愛するギタリストであるロバート・フリップは、齢70を超えた今もキング・クリムゾンにおいて「トリプル・ドラム」という(今度クアッド・ドラムになるらしいが)新しい形態で音楽を作っているし、上の平沢の発言とは対照的に、「いつ作った曲であれ、どれも新曲だ」と(ライブでの心構えとして)述べている。

それが実験として成功しているかはまた別の問題として、アティチュードとして僕はミュージシャンは実験者であってほしいのだ。かつての平沢進は、意外にもインタビューで「コンサートとは」とか「ロックとは」とか、大きなテーマや哲学的な命題について語っていた。

それは彼にとっての他者が、決して実体化することがなかったからだと思う。後追いでP-MODEL平沢進を聴いていたとき、その葛藤のすえに“金星”にたどり着くあのダイナミズムに僕は感動したのだが、それがインターネットという形で実体化すると、(僕の世代からすると)そんないいもんでもないでしょ、と思ってしまう部分がある。“Welcome”の歌詞など、ちょっとダサいと思う。

 

…まあそれはともかく、決して実体化しない他者をどうするか、かつてそうした苦悩があっただろうし、だからこそリスナーやファンたちにもかつての平沢は不信感を抱いていた。そこにめまぐるしく自己否定を続けるようなあの中期のP-MODELがあったのだ(それは平沢以上に時代的なものでもあったのだと思う)概略的にはなったけれど、今回の記事でもそれがわかっていただけただろう。僕は80年代の平沢進が好きだ(少なくとも歌詞のレベルでは)。

 

平沢は、例えば核P-MODELにおいて初期の自己パロディをするが、中期P-MODELの手法を再利用することは決してない(還弦主義においても『ポプリ』は無視されたのだ)。それはおそらく第一にその音楽性がバンド形態でないと成立しないものだからで、第二に今の平沢にもはや苦悩などないからだ。

まあ、今の平沢に再び悩めとか言ってもしょうがないし、当然ゼロ年代以降の平沢進も好きでいつも聞いているので、大きな不満があるわけではない。ただし、少なくともこれ以上、抽象的なレベルで平沢のテーマが深まることはないのかなと思う。P-MODELバンドとして復活することもないだろう。

(ちなみに、どうせ平沢はやらないんだから三浦俊一とか中野テルヲあたりが中心になって再結成すればいいのにと僕は思っている…)

 

平沢進はもはや、毎日Twitterを更新するファン想いの健康な大人なのだ。

と、7月に大阪でライブを観ることが決まった夜に思ったのだった。

 

 

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近々、中野テルヲ(というかビート・サーファーズのサミット)とか戸川純のライブにも行くので、気が向いたら記事を書きます。