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大津波では救いがたい

思考の総括と分解

平沢進の実体化する他者/「眠り」【前半】

僕は音楽において、大別してプログレニューウェーブポスト・パンクが好きなわけだが、そうすると平沢進はそのどちらにとっても偉大な存在である。

彼の作風や音遣いのクセは明らかにプログレ由来であって、現代版プログレとして見られるべきだし、80年代P-MODEL〜ソロに至るまでの道はXTCUltravox、PiL、Wireといったポスト・パンクバンドとの関わりなしには語れない。

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というわけで僕は今まで主に平沢進の音楽面について書いていた。が、今回は歌詞について書こうと思う。彼の中での重要なテーマとしての「他者」、そして「眠り」のモチーフの話だ。

 僕は(後追いということもあって)90年代前半までの平沢進しか実は詳細には追っていなくて、いわゆる「タイショック」後の平沢についてはあまり触れていないので、おそらく80年代中盤〜90年代前半の話が多くなると思う。

 

平沢進と他者

しばしば平沢進の歌詞は「難解だ」と言われることが多いが、彼ほど素直に一つのテーマを歌ってきたミュージシャンもいないだろう。彼の楽曲と同様、一つの仕組みがわかれば実は簡単である。

『アナザー・ゲーム』や『スキューバ』以降の平沢進・リスナーには常識であろうが、平沢進の歌詞には「夢」が頻出する。「眠り」とは要するに寝ることだが、それは平沢進においては「夢」や「無意識」と結びつけられるものだ。彼がユングにはまっていたことからも明確である。

一方、そもそも平沢進において潜在的なテーマとは、「他者」である。他者とのコミュニケーションというテーマを用いれば、初期P-MODELから改訂P-MODELに至るまで全て解釈可能である。どころか、これは彼の音楽的なスタイルの変遷とも関係している。

他者のテーマと眠りのモチーフ。これらを中心にして、平沢進P-MODELの変遷について書いていく。それにあたっては、P-MODELの各アルバムから一曲ないし二曲ずつの歌詞を引用し、それについて読解していく形をとる。前半にあたるこの記事では、主に他者のテーマについて取り扱うつもりだ。

 

初期P-MODEL

美術館で会った人だろ/そうさあんた間違いないさ

綺麗な額を指差して「子どもが泣いてる」と言ってただろ

なのにどうして街で会うと/いつも知らんぷり

あんたと仲良くしたいから/美術館に火をつけるよ

 

夢の世界で会った人だろ/そうさあんた間違いないさ

血のりで汚れた僕の手を見て"I LOVE YOU"と言ってただろ

いつのまにか一人遊び/ドアの鍵閉めて

あんたといいことしたいから/窓ガラスを割ってやる

1st(1979)初期P-MODELを代表する楽曲"美術館で会った人だろ"であるが、これほどに平沢進の歌詞のテーマを端的に表した楽曲があっただろうか。この楽曲からおそらく今に至るまで、彼は全く同じ話をし続けている。

この歌詞の中で重要となるのは、「あんた」を軸にした「美術館」=「夢の世界」/「街」の対比構造である。

美術館で会った「あんた」は僕と「仲良く」しており、「"I LOVE YOU"」を囁いてさえいる。ここで「僕」と「あんた」のコミュニケーションは実に円滑に進むわけだ。

ところが、その場所が「街」に変わった瞬間、「あんた」は「知らんぷり」をするわけである。この不条理が「僕」には理解できない。どうして同じ「あんた」である存在が、その場所によって変わってしまうのか? その不条理を「僕」は「美術館」とか「窓ガラス」を破壊することで解決しようとするわけだ。

「僕」と「あんた」のコミュニケーション。これはのちに「ボク」と「キミ」に書き換わるわけだが、この時からすでに平沢進のテーマ設定は一貫している。ボクとキミのコミュニケーションが、「街」=「窓ガラス」によって遮断されてしまう。それは2nd(1980)の“ダイジョブ”の歌詞でも明らかだろう。

対話の経路は複雑怪奇/ボクがあんたの目を見つめるのに

いったいいくつの許可がいる/ボクの声が聞こえるか

きらいな場所から/はなれられない

いまわしい場所から/はなれられない

はなれなくても/ダイジョブ

ハロー 活字の中から/ハロー 音のミゾから

ハロー ラジオの中から/ハロー ブラウン管から

ハロー 私しぶとい伝染病

 

想像力さえお金の支配下/動脈硬化のネットワークさえ

ふとした力で大さわぎだけど/私あんたをあきらめきれずに

いまわしいシステム/はなれられない

ゆるせないシステム/はなれられない

はなれなくても ダイジョブ

ここでも問題になるのはコミュニケーションだ。

長くなるので引用しなかったがこの歌詞の歌い始めは「話す言葉は管理されたし/手紙を出せばとりあげられる」である。要するに、「僕とあんた」の関係は、それを取り持つ(忌まわしい)システム、メディア、あるいは言葉によって徹底的に遮断されている。それでもなお「私あんたをあきらめきれずに」と平沢進は歌っている。

この世界観があるからこそ、P-MODELディストピア的世界観が出てくる。初期P-MODELによる社会批評とは、本質的には「遮蔽物としてのメディア」批判なのである。このメディア≒社会批判は、ニューウェーブ全般に共通したテーマであるとさえ言える。

ここで平沢進以外の歌詞も見ておこう。P-MODELは別に平沢だけによるものではない。

誰も彼もが知らんぷりして
僕を踏んづけたりなんかして
誰も彼もが知らんぷりして
僕を踏んづけたりなんかして

僕の血反吐は広がり貴方の
せめて足元届いて欲しい

タッチ・ミー 確かめて タッチ
胸の鼓動が止まりそうだよ
タッチ・ミー ためらって タッチ
虚ろな視界 かすかに タッチ

ベーシストである秋山勝彦による「タッチ・ミー」である。秋山のやや情けない歌によって歌われるこの曲だが、この曲はP-MODELのテーマを実は先取りしていたとも言える。「タッチ・ミー」とはすなわち中間項を取っ払った「直接的なコミュニケーション」への渇望である。そして秋山の歌詞において重要なのは、平沢に比べ目線が主観的であることだ。平沢進の歌詞には社会風刺的な目線が含まれているが、秋山はむしろ疎外される孤独な個人にしか興味がない。

しかし平沢進の歌詞もまた、メディア批判の先にある「直接的他者」への孤独な渇望へと変遷する(僕はこれを平沢の秋山化とひっそり呼んでいる)。

 

中期P-MODEL(前半)〜「孤独」

YMOを中心とするテクノ・ブームに沸く世間に辟易とし、初期のテクノ・ポップ路線を捨てポスト・パンクへと舵を切ったP-MODELは、秋山勝彦をクビにし、平沢、田中、田井中の三人体制で『ポプリ』(1981)を製作する。

まだ初期の面影を残しながらも初期にはあり得なかった内省的なサウンドを志向し、前衛手法をふんだんにとりいれた3rdだが、歌詞の内容もここから内向化し始める。

見なれた景色のエッセンスには/ボクを拒むわけがある
わかっているさ 百も承知さ/一から千まで話したところで
さみしさには変わりない/この気持ちをどうにかしようと
ついうっかり受話器をはずして/ついうっかりダイヤル回して
ついうっかり/ついうっかり/ついうっかり秘密のうわぬり
いまわし電話/ケーブルの中で
いまわし電話/ボク放し飼い
いまわし電話/動くに動けぬ
いまわし電話/ボクは秘密の単位

「いまわし電話」だが、ここでは、今までは単に批判の対象であったメディア=「電話」が、少し違った角度で語られている。ここで大きく取り上げられているのが、要するに「ボクの孤独」である。

相変わらず「ボク」は「忌まわしい場所/システム」にとどまっているのだが、ここで強調されるのはそのシステムへの批評ではなく、むしろ拒まれてしまう「ボク」である。システムに不信感を抱きながら、それでもなお「ついうっかり」他者とコミュニケーションを測ろうとしてしまう「ボク」がクローズ・アップされている。ここで歌詞は一気に内向化/抽象している。

目覚めると funeral funeral/夜明けの前に時は止まった

ボクは月を恨んでいない/勝負は始めについていたから

振り向くと carnival carnival/人ごみに浮かぶボクの抜け殻

うしろ髪に巻かれて笑う/せめて香りのgestalt

あなたの頬を紅く染めて

同じく3rdから"Potpourri"だ。ほとんどやけくそのシャウトで歌われるこの曲だが、ここでは、もはや歌詞の明確な意味や具体的な内容は伝わらない。

平沢進は『ポプリ』を「敗北宣言」と後に呼んでいるが、この歌詞にもその敗北感が滲んでいる。キミとボクをとりもつ中間項である社会を否定し、流行りの音楽を否定した今、「ボク」には内省的な孤独しか残されていない。「時は止ま」ってしまい、「ボク」はもはや「抜け殻」へと化している。

この3rdでは、他にもこのように抽象的な歌詞が散見される。

 

この抽象化と内向化は4th『パースペクティブ』(1982)において頂点に達する。

厳粛な光の視覚/言葉だけが身をかこむ

あらゆる物ものがたり/流れるTime

 

立像の無常は動かぬ律動/夢はいつも終わりから

うかれる目がチャンス殺す/流れるTime

 

Cosmosは高さに宿り/消えぬ想い歩巾がかこむ

言葉なくては見えないこの身よ果てろ/流れるTime 

"Perspective"。このアルバムにおいて歌詞の抽象化は極まり、意味よりも語感を優先した作詞がなされるようになる。ここまでメタファーだらけであると、もはやほとんどの歌詞の意味が明確ではない(というか意味を確定する意味がない)。

が、重要なのは前者における「言葉だけが身をかこむ」、「あらゆる物ものがたり」や「言葉なくては見えないこの身よ果てろ」という表現だ。

それを押さえつつ、とりあえずもう一つ見てみよう。

色とりどりにのこぎり鳥は/メートル法の部屋を飛ぶ
愛なんぞじゃありゃしない/まして正義なんぞじゃありゃしない
カガミがあるだけ
のこぎり鳥はどこ義理欠いた
底意地とれて/のこりギリギリ


きめこまやかにのこぎり鳥は/見える角度で姿を変える
うそなんかじゃありゃしない/ましてほんとうなんかじゃありゃしない
日記があるだけ
のこぎり鳥はどこ義理欠いた
底意地とれて/のこりギリギリ

意気揚々とのこぎり鳥は/チェス盤上をねりあるく
敵なんぞはいやしない/まして味方なんぞはいやしない
恐怖があるだけ
のこぎり鳥はどこ義理欠いた
底意地とれて/のこりギリギリ

 

時はやおそくのこぎり鳥は/直線上の視界の奴隷
いちぬけたいねさようなら/ましていちぬけたいねさようなら
言葉があるだけ
のこぎり鳥はどこ義理欠いた
底意地とれて/のこりギリギリ

"のこりギリギリ"だ。ほとんどラップのように語感の近い言葉が並べ立てられている。これも歌詞は抽象的だが、"Perspective"と共通して、まず「視界」、「遠近法(パースペクティブ)」という共通した表現が出てきている点が重要だろう。

おそらくだが、ここで視覚の不確かさと、主観的な視界上で捉えられないモノの多面性(哲学の述語でいうと、「現象学的地平」とか「パースペクティブ」)を重ねて記述している。

そしてもう一つ重要なのは、「カガミ」「日記」「恐怖」「言葉」があるだけ、という表現の並列だ。これは「言葉なくては見えないこの身」と陸続きにあると考えなければならない。日記とカガミという表現は、主に主観性のメタファーと捉えるのがいいだろう。

言葉の意味は、「パースペクティブ」の多面性と同じく決定不可能で、不確かなものである。物を見て「正義」や「本当」を読み込んだとしても、それは結局ある種の主観的な判断でしかなく、そこから抜け出ることはできない。それと同じように、視界の内側、言葉の内側をどこまでも掘って言ったところで、そこにはまた結局自分自身が現れてしまい、外側/他者に出会うことはできない。主観性の恐怖があるだけなのである。

"Zombie"にも「ここはここになく/ただストーリー/すれちがう Narratage の亡霊」という歌詞があるが、ここにおいて平沢進は現実を捉えるものとしての「言葉」(中間項)に対して相変わらず批評的な目を向けている。

つまり一言でいえば、これは言葉に対する不信感だ。初期にあった社会批判/メディア批評のテーマは、ここでその社会の切断と、その後に残る主観的な孤独という形で進展している。

現実(「ここ」)は言葉を介してしか捉えることができない。ところが、実際のところ平沢進の言葉は現実を捉えることなどできないし、ましてや他者に意味を伝えることもできない。言葉は他者と通じるための手段どころか、遮蔽物である。そこには自分しかいない。いくら「いちぬけたい」と言ったところで、だ。

だからこそ、ここで歌詞は抽象化していると言ってもいいかもしれない。初期のように明確でストレートな意味を歌詞で歌うことが、この時期の平沢進にはできない。いくらそれが批評的に正しくても、それは「ただストーリー」にすぎないからだ。

他者とのコミュニケーションを志向しながらも、自らの言葉がそれを遮断してしまう。だからこそ、歌詞すらも懐疑の対象になり、明確な意味よりも語感が重視されていく。

 

平沢進の「他者」 

さて、彼のテーマが、どうあっても他者であり、その他者の不在にこそ、初期〜『パースペクティブ』までの平沢進のテーマがあったことが明らかになった。言語を介しては捉えられない他者への渇望。

哲学に明るい読者は、これが実際現象学以降の現代思想において深められていた問いであることもわかるはずだ。平沢がその読者であったかどうかについては全くわからないし、それを突き止めたところでなんら意味はないが、時代的にはこういったテーマが流行っていた時期でもあった。

現実においても、この時期から平沢進は精神的に不調に陥っていくこととなり、そこから完全に復帰するには長い時間を要することとなる。『パースペクティブ』のあたりから平沢進ユングをはじめとした精神医学の本を読み漁り、心理学やカウンセリングに傾倒していくことになるのである。彼のツイッターにおける(ややオカルトな)健康法の話はこのあたりの時期への反省から来ていると思われる。

むしろ現象学の流れでは言語(的身体)こそが他者性の契機と言われたりするわけだが、そんなことは平沢進には関係ない。平沢進にとってはこれは大きく実存の悩みでもあったわけだ。この時期の彼は目の前の実際のリスナー達を半ば否定するような身振りを取りながら、抽象的で神秘的な他者へ向けて突き進んでいく。

 

このあたりの問題は実は今敏の映画とも結びつくと思うのだが、今回は特に触れないでおこう…というわけで、記事が長くなりそうなのでいったんこのあたりで区切ることとする。次回は「病んだ」平沢進の自己セラピーから話を始めたい。

いったい彼はどのようにして他者と出会うのだろうか?