大津波では救いがたい

思考の総括と分解

P-MODEL"BOAT"楽曲分析(平沢進の開き直り)

こんにちは。航路通です。

なんとなく楽曲について詳細な分析をするような記事を書きたくなったので、地味にはなりますが書いていきます。今回分析するのはP-MODELBOAT”。

www.youtube.com

 

まあどういうバンドなのかを知らない場合は適当に検索してみて下さい。

ちなみにこのブログのタイトルはP-MODELの曲(”Cruel Sea”)からとっています。

 

『SCUBA』以前と以後のP-MODEL

一般的に「テクノ・ポップ」とか呼ばれているP-MODEL平沢進ですが、初期のテクノポップ+パンクな音楽性から移行していくにつれてキッチュな音や親しみやすいフレーズはそぎ落とされ、重く暗い実験的なバンドになっていきました。

まあそもそも初期から、単純なパンク・ロックとかテクノ・ポップに回収されえないバンドだったとは思いますが。今、「ヒラサワ」さんがテクノの巨匠だのと呼ばれているのは、解凍期にもう一度(開き直って、ソフト・バレエのパロディみたいな感じの)テクノをやったからだと思っています。

彼の根底にあるのは態度というか趣味としてのプログレなんですよね。すくなくとも80年代のあいだ、彼にとってはパンクもテクノもプログレ(実験)の一種だったはずです。

中期P-MODELは(とくに『パースペクティヴ』と『アナザー・ゲーム』は)テクノの軽さとは真逆の変なことばっかりやっていたバンドでした。

このあたりを聞いてみてください:

P-MODEL: のこりギリギリ (Nokori Giri-Giri) - YouTube

 

単純に楽曲の構成やスケールも変ですし、それ以上に、音ひとつずつの反響そのものが問題になっているんですね。彼らにとっては「録音」自体がひとつの実験だった。

しかし、平沢進は『SCUBA』(1984)というアルバム(これはP-MODELというより平沢進のソロの習作のようなもので、ほとんど平沢進一人で作った番外編という位置づけです)で、その暗く変なロックから解放されたかのような明るく「開き直った」楽曲を多く作ります。そのうちのひとつが、ここでとりあげる”BOAT”です。

 

偏執的なリズムの打ち込み

左右に振られたよくわかんないサンプリング音源のループから始まる”BOAT”は、それまで「バンドサウンドでいかに実験的なことをやるか」ということを考えていた思考から大きくズレたことをやっています。開き直ったような明るい曲なわけですが、平沢進の「童謡好き」「メジャースケール好き」が初めて出た曲ではないでしょうか(”I AM ONLY YOUR MODEL”なんかもありましたが、あれはホールトーン趣味のほうに入れたほうがいいと思います)

 

打ち込みというものがまだほとんど方法として確立されていない時代ですので、リズムの音が非常にチープなのが印象的ですね。

一方で、よく聞くと、チープながら、非常に細かく多く音を連ねていることがわかります。また反響や位相にもかなり気を遣っている。とくに印象的なのは特にアクセントなくずっと一定で鳴り続けているシンバルの音と強烈なスネアの音、間奏部のリヴァーヴですね。

その偏執狂的な打ち込みへのこだわりはたとえば”七節男”(

https://www.youtube.com/watch?v=YlLV7o6lmHA)なんかでも聞けます。

これは凍結期の打ち込みの重厚さとはまた違うんですよね。機材の新しさという意味でも発想という意味でもそうですが、チープな音を偏執的に重ねるという手法は『カルカドル』や『ワン・パターン』でも多用されていきます。

 

開き直ったようなメジャースケール

楽曲はAメジャー一発です。簡単に言うと「ドレミファソラシ」を、「ラ」を起点にして配置し直した音階(ラ、シ、ド#、レ、ミ、ファ#、ソ#)。この音しかこの曲では鳴っておりません。

歌の裏のコード進行は、A→Bm→Eの繰り返しですが、ベースはずっと五度(ラに対するミの関係)を行ったり来たりしています。マーチか行進曲のつもりなのかわかりませんが、ベースがシンバルの拍に対して半分の速度で四拍子のノリが出ており、このシンプルさが心地いいです。

実際にこの曲のベースを弾いてみましたが、基本的に同じフレットの中で弦を行ったり来たりして音を鳴らすだけなので、運指がとてつもなく簡単です。ベース初心者にまず練習させたいお手軽さです。

このベースの4拍子ノリというのはおそらく童謡なんかであるようなやり方なんですね。少なくともロックの発想で出てくるものではなくて、この曲には平沢進のすごい根源的なセンスが出てきてると思うんです。

複雑なコードワークや転調は一切なく、とくに各楽器が目立つこともなく、最初から最後まで同じことを繰り返しているだけながら、平沢進の歌が乗ることでポップな歌モノとして成立しているのが驚く部分です。明らかに手癖で作られたような曲なんですが、この盛り上がりが出せるのはメロディーメイカーとして平沢進が優れている証左でしょう。

逆に言うとこれだけシンプルな構成で歌モノとして成立させているのが平沢進の職人的な「開き直り」なわけです。歌い方も何だかやけくそですが、よく合っていると思います(僕はこの歌い方の平沢進が一番好きです)。

 

そのあと

ここでサンプリングや打ち込みを解禁した平沢進は、『カルカドル』や『ワン・パターン』でそれまでと違った「明るくも実験的な」曲作りへと邁進していき、ここでは横川理彦や中野照夫などの多彩なセンスの持ち主のプレーヤーの参加もあって他にはない(ジャンル分け不能な)不可思議ひねくれポップスへと着手していくことになります。

モノトーンの世界から極彩色の世界へと一気に飛び立つわけですが、相変わらず録音=実験というニュアンスは残されているように思います。

 

 

www.youtube.com

 

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このへん聞いていただけるとわかるかもしれません。

 結果的に「ゴチャゴチャしてるのにスカスカ」な、パラノイアックな音像になる。

 

なんというか、打ち込みって「楽」だからやるというか、今までプレーヤーがやっていたものをマシンにやらせるわけだから普通よりミニマルなものになっていくんですけど、彼らは(ていうかこの時期のバンドは)そのミニマルさを「迂回路」としてワザとやるんですよね。これは『BGM』や『テクノデリック』あたりのYMOとかとも通じてると思います。平沢進YMO嫌いっぽいですが。

当然、打ち込みを単純にサボりで使ってるバンドなんてほとんどなくて、そのミニマリズムを社会批評として使ってたのが70年代後半~80年代前半の最初期のP-MODELとかプラスティックスとかヒカシューとかだったと思います(「すべてはコピー」なわけですから…)。

でも、ここでの打ち込みサウンドの意味って初期のテクノ・ポップがドラムをマシンでやってたのとは意味が違うと思います。このチープさは多分実験だったのだろうと。

そう考えた時にクラフトワークが偉大になってくるんですが。僕はこのチープさと「間違えた」感じが大好きですね。

 

さて、歌詞についても書こうかと思ったんですが、話が広がりすぎてまとまりがなくなりそうなのでとりあえず楽曲分析だけということで、今日はここらへんで。

 

ちなみに平沢進のソロ曲”コヨーテ”はこの”BOAT”の拡大解釈というか、ほぼ同じコード進行でメロディを組み替えて発展させたものになっており、聴き比べると面白いですよ。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm18725825

ニコニコ動画にしかなかったですが。

 

では。

「笑い」の明るさと暗さ(松本人志とオモコロ、とタモリ)

タモリ松本人志というめちゃくちゃなデカい名前を連ねてしまったが、最近面白く感じたことがあったので自分なりにまとめる。

 

オモコロ

「オモコロ」というサイトを普段からよく閲覧している。

 

バーグハンバーグバーグという変な名前の会社が運営しているサイトで、その辺のネットメディアと同じような感じのこともしてはいるのだが、その実は非常にふざけたサイトである。

最近だとこのあたりのコラボ記事を目にした方もおられるかもしれない。

cp.yokai-punipuni.jp

 

cp.yokai-punipuni.jp

 

まあ上記の通り、なにかをPRするにしてもちょっと斜め上に外してくるのがオモコロのスタイルだ。適当に「オモコロ ARuFa」とか「オモコロ セブ山」とか「オモコロ ヨッピー」検索すると面白い記事が見られると思う。上のリンクでも出てきているけれど、地獄のミサワなんかもブレイク前から(ていうか本人が中学生くらいのときから)関わっているサイトだ。

 

これはいろいろなところで触れられているが、オモコロのルーツは、基本的には90年代後半~ゼロ年代初頭くらいの、まだSNSも未発達な時代にある。(やや長いが、それについてはこの記事を見てほしい:

【今更】あれだけ流行ったテキストサイトが何故廃れたのか考えてみる【考察】 | オモコロ

実際、オモコロの編集者やバーグハンバーグバーグの初期から携わっている社員はほとんどこのテキストサイトの出身である。基本的に最近私たちがよく目にするようなネットメディアやキュレーションメディアとはもちろん性質が異なる。

 

 

松本人志とオモコロ

 

で、そのオモコロがどうしたという話なのだけど、今日の昼頃に更新されたシモダテツヤ(バーグハンバーグバーグ社長、初代オモコロ編集長)と地獄のミサワのラジオを聴いたところ、それがかなり面白かったのである。

 

omocoro.jp

 

ここではオモコロの「お笑い論」というか、彼らが中高生のころからの笑いに関するスタンスが明らかにされている。

そこで引き合いに出ていたのが他でもなく松本人志であった。シモダもミサワも両方が、中高生の時代に松本の著書を読み影響を受けたという。ちょっとかいつまんで引用してみよう。

 

ミサワ「中学とかで松本人志の本を読むと、俺は松本人志だと、俺は一握りの才能のやつだと」

シモダ「俺は”こっち側”にいとかないとダメだ、と」

ミサワ「俺はそれで勘違いしすぎて、中学出てすぐお笑いやろうとしてたからね、すぐ俺は松ちゃんじゃないって気づいたけど」

シモダ「『遺書』とか『松本』とか……を読んだ時に、『あ、お笑いを作ってる人って、「クリエイター」なんや』と感じたよな」

ミサワ「それ謝ってほしいですよね、全部嘘でしたからね」

 

松本人志に思い入れがより大きいのはミサワで、ミサワはジャンプの新人賞の審査をやった際のことを松本になぞらえつつ話している。

 

 ミサワ「松ちゃんがM1の審査員をやり始めたくらいで、自分が一番面白く映るような番組をやめだしたんですよね。他人を活かしたりとか。昔の『ごっつ』って、『松本人志が、松本本人が一番面白くなるように』っていう感じだったのが、審査始めてそうじゃなくなったのを見て、ああなりたくねえなっていう」

シモダ「だからミサワは未だに誰とも徒党を組まずに孤独な感じでやられてるんですか」

 

時代的にも彼らのお笑いの起点にダウンタウンがあることは間違いがない。オモコロというサイトは、おそらく80年代後半~90年代初頭のお笑いの文脈と陸続きなのだ。

次で引用するのは最後になるのだが、以下の部分が僕は非常に面白かった。

 

シモダ「ただインターネットを始めた時に、なんか違うなと思った。たとえば、『喋りで賑わかす』とかじゃないやん。文章とか、画像一枚とか、そういう世界になるやん。本とかの世界に近いというか」

シモダ「これで『どうやって笑ってもらおう』みたいに考えた時にやり方が(松本とは)全然違うくてさ。芸能人がブログやったら面白くない場合があるけど、あの感じになりかけたことがあって、テンション高いだけやったらあかんなと。

もっと暗くなってかな。もっともっと、暗い、悲しい、悲哀みたいなんを背負っていかないと、こっちは面白くなっていかない、と思って、そっから学校で友達作るんやめたり」

 

シモダは、インターネット上での「笑い」を松本人志までのお笑いと違ったものとして考えている。これはけっこう「文字媒体」に対して鋭い批評だと思う。

 

「明るさ」とは何か(タモリの「弔辞」とジャズ)

 では、シモダが言う「明るさ」とはなんだろうか?と僕は考えた。

シモダのいう意味では、おそらく「テンションの高さ」だと思う。

その点では確かに両者の違いは確かに明らかで、松本人志の笑いは現実上のコントであり、華やかでバカっぽい、テンションの高さを維持している。ネット上の表現はいくらテンションを高くしたところでのっぺりとした「書かれたもの」なので、そのテンションの高さはともすると芸能人のブログのように「痛々しく」なってしまう。

 

しかし、一方で松本の笑いはもとから「少し悲しい」テーマだったりするのだ。それはいくつかコントを観てもらえばその言わんとすることが理解できると思うけれど、要約すると松本人志の笑いには、幼少時の貧乏さが反映されている。

それはビートたけしの場合も同じだし、笑いと言うのはそもそも根本的に悲しい側面がある。「面白い」状態は当初から「悲哀を背負って」いるのだ。

そう考えると両者を区別するシモダの言葉はよくわからなくなってしまう。

 

で、僕はここでタモリの言葉を挿入すると、けっこうわかりやすいんじゃないかと思う。

有名な赤塚不二夫への弔辞である。

 

弔辞 ( ノーカット版 ) - YouTube

 

あなたは生活すべてがギャグでした。たこちゃん(たこ八郎)の葬儀の時に、大きく笑いながらも目からはぼろぼろと涙がこぼれ落ち、出棺の時、たこちゃんの額をぴしゃりと叩いては、「この野郎、逝きやがった」と、また高笑いしながら大きな涙を流していました。あなたはギャグによって物事を動かしていったのです。

あなたの考えはすべての出来事、存在をあるがままに前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は、重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また、時間は前後関係を断ち放たれて、その時、その場が異様に明るく感じられます。

この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち、「これでいいのだ」と。

(略)あなたにとっては死も一つのギャグなのかもしれません。

 

ここでタモリ赤塚不二夫のギャグスタイル(「これでいいのだ」)を「あるがままの肯定」「重苦しい前後関係からの切断」「異様な明るさ」と要約している。

 

「これでいいのだ」には、そもそも底抜けの悲しさ(たとえば死)が前提されている。しかし、その文脈性を赤塚不二夫は切断し、その場を「いま、ここ」だけを「異様に明るく」する。それがタモリのいう赤塚の笑いだ。

 これは赤塚不二夫のギャグスタイルと言うより、それをとりまく文化圏内あるいは時代(赤塚不二夫筒井康隆タモリ、高慎太郎ら)の特徴だろう。具体的に言うとそれはジャズの即興性である。彼らのコミュニティは基本的にジャズ愛好のコミュニティで、そこには山下洋輔などジャズ・プレイヤーも多く出入りしていた。

 

ジャズのセッションはそもそも高度な文脈性の中で行なわれる。しかし、そこで問題になるのは「この場」をいかにしてその文脈からズラして(切断して)いくかという即興性だ。そこで出てくるのがパロディという方法論なのだろう。

「私もあなたの数多くの作品の一つです」で締められるこの弔辞でもそれは実践されている。タモリは手元にメモを持っているが、それは実は白紙であり、すべて即興であった(勧進帳のパロディ)。このエピソードはわりと有名だが、これは70年代後半~80年代のニューウェーブな時代を象徴する笑いのスタイルなのである。

 

ここで、シモダのいう「暗くなくていけない」ネットの笑いと、タモリの言う「異様な明るさ」は、綺麗に対比しているのではないかと思う。

 

タモリの方法論はおそらく松本人志と、部分的に通じている。なぜならこの即興性は、そもそも根本的に「笑い」全体を支える原理だからだ。

もちろん、タモリの笑いは基本的に都市型というか東京型で、東京の文化人・知識人の間で生まれてきたものであり、松本人志の笑いはもうすこし土臭い部分から出てきている、という違いはある。また、(タモリは福岡出身だが)東西の笑いの違いはあると思う。

しかし、「暗さ」=文脈性をその場で切断して明るくする、という点は、そもそも漫才の「ツッコミ」がそうである。ツッコミは、変である(「陰」である、重苦しい)状態を観客の目の前で「その場で」指摘し、鋭利に切断して見せる。そのカタルシスが漫才であり喜劇の原理なのだと思う。

タモリのいう「明るさ」とはその直接性であり、鋭利な切断のことだ。「現前性」と言ってもいいと思う。

それはたぶん「お笑い」というジャンルそのものの根本的な方法論だろう。

 

ネット記事の「笑い」 

 ではなぜネット上の笑いは暗くなくてはならないのか。それは多分、現実の笑いのように、ある種の文脈性から切り離すことが不可能だからではないだろうか。

ネット記事にはおそらく「いま、ここ」(即興性)がそもそも、ない。アーカイブされ、編集されているからである。

かりに五分前に更新された記事であったとしてもそれは「できあがったもの」で、そこに「鋭利さ」とか「テンションの高さ」を見つけることができない。そこには口語のリズムや抑揚や掛け合いや即興性などないからだ(というか、その「鋭利さ」は「それをいうその場」でしか通用しないから、文字にしてしまうと基本的に面白くない。芸能人のブログが面白くないことの理由はこれだろう)

ネットの記事は徹頭徹尾「間接的」で、直接的に訴えかける鋭利さがない。それはずっと重苦しい文脈性の中にしかない。テレビの中での「テンションの高さ」を維持することができない。

そこで面白くするには、そのテンションの高さとは別の、「現前性」の無いものを考えなければならない。シモダが感じた「悲哀を背負っていく」義務感はたぶんこれのことである。

 

「明るさ」「暗さ」とは実際のところ、「直接性」と「間接性」のことで、これはテレビで見る笑いとネットで見る笑いの区別という意味では、けっこう批評的に面白いことを言っているのではないかなと思ったのである。

オモコロのスタイルは(あるいはテキストサイトの文化は)、日本のお笑いの文脈上で考えられるものだし、そのうえで、結構変なことをやっているのではないか、と思えてきた。

まあ、テレビで見る笑いも編集されているので結局のところ「直接」(即興)に見えるだけなんだと思いますが。

 

余談

当然、テレビ-ネットという二項にくくれない芸人やライターがたくさんいると思う。最初期のダウンタウンの漫才なんかもそういう意味では「切断の明るさ」からは無縁だったし、テンションの高いオモコロライターなんていっぱいいるし、ひとつの文章やひとつの画像で単に笑わせるという意味では文脈から切り離されたものがネット記事上のなかにもあって、一概には言えないかもしれない。

こうやって考えると、筒井康隆のやっていたことはけっこうおもしろい。彼がやっていたのはジャズの即興性をいかに文章の中でやるかということだった。要するにここで論じてきた両義性をどっちも文章でやろうとしていたのである。

 

で、この話題はもうちょっと広げて、笑いが起きる「場」そのものに対する批評ってことでまとめられる気もしている。それは書くかもしれないし、書かないかもしれない。